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武士道 一名「秘密袋」   (扶桑堂書店刊より)(転載禁止)

ボアゴベイ作  黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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  武士道上編 一名「秘密袋」                   涙香小史 訳

               第四十七回

 余り黒兵衛が勇み立つので、流石の腕八も宛(あたか)も己自身が其の斧で頭を打ち砕かれる地位に立つかの様に驚き呆れたが、漸(ようや)く黒兵衛の鎮(しず)まるのを待ち、
 「ナニ、爾(そ)うじゃない。其の斧は船の一方へ穴を開ける為に用いるのだ。係員をを殺すなどとそのような乱暴をして如何(どう)して小桜が助けられるものか。」

 黒兵衛は気抜けがして、
 「何だ馬鹿馬鹿しい。折角俺が楽しんでいれば、エ、其の斧は役人叩き殺す斧で無いと言うのか。では何にする。船の一方へ穴を開けて如何するのだ。」
 腕「先(ま)ア聞け、船の底には栓が有って、其の栓をさえ抜けば水が自然に入って来て中の奴等が死ぬ事に成って居るけれど、栓の穴から入る水だけでは中々時間が掛かるから、別に斧を以(も)って水の入って来る穴を開けることにした。それで大工が要るのだから、貴様を其の大工だと長官に言い立てて、小桜露人(つゆんど)と一緒に船へ乗るのサ。貴様が一緒に其の穴から逃げようとまたは貴様だけ船に残ろうと其れは随意だ。」

 黒「待てよ。その様な穴を開ければ、穴から水が入り、逃げ出すことなどは出来ない筈だが。」
 腕「ナニ爾(そ)うではない。船は三段に成っていて、一番底が荷物を入れる所、其の上が通例乗客を乗せる船室(キャビン)、其の又上が甲板さ、今までの仕来たりでは罪の軽い奴を一番底に入れる。底の奴は栓さへ抜けば間もなく溺れて死ぬるから苦しむ時間が短い。罪の重い奴を其の上の船室(キャビン)へ入れる。

 船室の奴は底の奴等の苦しむ声を聞き、充分心に恐れを抱いた上にそろそりと苦しみ死ぬ。若し是が一々船室に窓の有る様な大きな船なら、底へ水が入って船が段々沈むに従い、其の窓が水面の下に沈み、窓から水が突き入るけれど、唯甲板から光線を取り、横の所に窓の無い船だから沈むのに余り遅すぎる。其れだから、二、三人の大工を入れ、船室の横手へ急に穴を開けさせるのだ。其の時は未だ船室は水面より上に在るから水の入る恐れが無い。貴様は穴を唯一つ開けさへすれば好いのだから、成る丈大きく開け、船が段々沈んで其の穴が充分水面に近く成った頃、脱出(ぬけだ)せば好い。貴様も小桜も水を泳ぐ事を知って居るだろう。」

 黒「水と来たら鵜の様に泳ぐワ。」
 腕「其れなら訳もなく逃げられるじゃないか。」
 黒兵衛は少しも危険と言い困難と言う事に頓着しない男なので、其のことが真に言う通り行なう事が出来るものかどうかも考えず、
 「成る程旨(うま)い、其れならば逃げられる。」
 腕「その代り、貴様は愈々(いよいよ)小桜と共に船室へ入る前に約束の金を俺に渡さなければ了(いけ)無いぞ。」

 黒「好しとも、小桜と共に船室へ入る事が出来ると決まり、俺の心に確かに其の見込みが附けば金を渡すよ。」
 腕八は真にこの様な手段で小桜と黒兵衛とが助かる事が出来るのかどうかは知らない。唯この様に言葉を巧みにして、黒兵衛の持っている大金をさえ巻き上げれば、其の後はこの様な恐ろしい男が此の世に行生存(いきながら)えるよりは寧(むし)ろ船室の中で露人諸共死ぬことが我が為に安心だと思っているのだ。

 黒兵衛は今迄何事も唯我が腕力一つで貫いて来たので、少しも心配する所は無く、直ちに相談を取り決めて、
 「では、是で話は済んだ。明夜何時に斧を担(かつ)いで来れば好い。」
 腕「十時に来い。丁度此の桟橋から船に乗るから、此の辺に立っていれば好い。」
 黒「分かった。」
と呑み込んで立ち上がり、早や何処かへ立去ったのは、早く縄村中尉に逢い、腕八が我に言った所と中尉に言った所とを較べようという先刻の約束を果す為に違いない。

 腕八も闇の中を静かに牢屋の方へ歩み始めたが、彼は何もかも我が悪計の好く運ぶ嬉しさに心浮いて、口の中で、
 「ヘン、段々運が向いて来るぞ。同じ財産を分けなければならない櫓助泥作は死んで仕舞い、もうとても行方を見出す事は出来無いかと思った弥生はドール村で軍(いくさ)の間に俺の手に落ち、それから色々と問ひ詰めても、薔薇(しょうび)夫人の大金の在る所を白状しないから、南都の牢へ入れて威(おど)かす外は無いと、此の土地へ連れて来れば、途中は猛犬ラペが俺の代わりに見張って呉れ、俺が眠っている間も弥生を逃がさずサ。
 
 唯アノ呂一という小僧丈(だけ)は、余り利巧過ぎるから俺の内幕など此の地の役人へ告げ口する恐れも有り、途中で置き去りを食わせたが、それっ切り姿が見えない。乞食許(もと)へでも入ったのだろう。それから弥生を獄に入れ、毎日の様に苛(いじ)めても白状せず、その中に死刑の期も近付くから殆ど思案に余って居たら、縄村中尉が現われて来て、大金の在処(ありか)が自然に分かる手順になるし、お負けに小桜を救いたいと言う百姓まで現われて、いや彼奴(きゃつ)は百姓で無い。小桜の従者の黒兵衛という当代無双の剛の者が居ると聞いたが、彼奴が黒兵衛に違いない。先刻俺の首筋を掴(つか)んだ時など、先は軽く掴んでも、俺の首筋は折れるかと思った。

 その様な奴が千両の賄賂を言い出して来るし、先ず千両の運動費が有れば、薔薇(しょうび)夫人の大金を手に入れるまでどの様な事でも出来る。千両を巻き上げて彼奴を船の中で溺れさせたなら、再び彼奴に襟首を掴まれる心配も無い。爾(そ)うだ、アノ様な奴は一旦助かった上では、腕力づくで金を取り返しに来るかも知れない。騙(だま)して殺すに限るよ。次には縄村中尉だが、イヤ待てよ。中尉の言う通り弥生を助ければ、俺は薔薇夫人の大金が半分しか手に入らない。弥生と山分けにしなければならない。弥生に縄村中尉が就(つ)いているとすれば、中々是も侮れ無い。ハテな、如何(どう)するか、弥生を助けずにと言う旨い工夫は無いだろうか。」
と悪人の本性で又もこの様な事を考へ始めたが、忽(たちま)ち思い付いた様に、

 「イヤ有る。有る。旨く行かなくても、元々だから、兎に角も遣って見よう。今迄此の計略に気の付かなかったのは馬鹿馬鹿しい事だった。」
と言うのはそもそも如何(どの)様な計略なのだろう。



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