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武士道 一名「秘密袋」   (扶桑堂書店刊より)(転載禁止)

ボアゴベイ作  黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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  武士道上編 一名「秘密袋」                   涙香小史 訳

               第四十八回

 実(げ)にや悪人は最後の場合に至るまで悪るい企みを止むめることが出来ない。欲深い人は百計尽きても猶(なお)欲心を捨て無いとか言う。彼の腕八のような者、全く其の一人である。彼は縄村中尉との約束に従い、弥生を助けて中尉から秘密袋の中に在る大秘密を聞き取る外は、薔薇(しょうび)夫人の大金を手に入れるべき道が無いのを知ったが、猶も心に此の約束に背いて大金を得る道は無いかと考えつつある。

 約束通り弥生を助けては、大金を山分けにしなければ成らない損失がある。中尉を振り捨て何とか外の所から大金の所在を聞き出せば、危険な想いをして弥生を助けるにも及ば無い。大金を山分けとする患(うれひ)も無くなり、薔薇夫人の財産は残らず我が物と為る筈である。彼は唯此の事の計略を思案しているのだ。思案して彼が如何(ど)の様な計略を得たのかは、先ず少女弥生の身の上を話してからその話をしよう。」

 さても弥生はドール村で腕八に捕らえられ、輜重車(しちょうしゃ)に載せられて連去られようとする際、我が身を助けようとして叫び来る小桜露人(つゆんど)の勇ましい声を聞き、茲(ここ)に、茲にと身を悶(もが)いて叫んだが何の甲斐も無く、其の声は露人の耳には入らず、露人は左方に進み、其の身は右方に引き立てられ、少しの暇に擦れ違ったが、これが我が味方である勤王軍の声を聞いた最後の時だった。

 其れから後は小僧呂一と共に悪人腕八に引き連れられ、猛犬ラペに監視されて、何れの所に行くのかも知れず縄を掛けられたまま、或る時は郵便馬車に載せられ、或る時は道行く荷車の上に移され、又或る時は歩かせられなどし、村から村、境から境に引いて行かれた。其の間にも腕八が或いは怒り、或いは笑って、威(おど)したり賺(すか)したりして、秘密袋の中を問うこと幾度あったか分からない。

 爾(さ)れど全く知らない事なので、其の度に、幾ら問うても無駄だったので、一思いに殺してよと答えると、腕八は殺しもせず、果ては此の様に成り果てて、唯一人の道連れと思っていた呂一をさえ、何処にか捨て、其の身は其のまま南都に着き、牢の一室へ入れられたが、是までに或いは宿屋、或いは休み所などで勤王軍がドール村で大敗した噂も聞き、更には残卒で各地に転戦した者、終にサプネーで総捕縛と為り、勤皇軍の運命は全く亡びた事まで聞いたので、最早小桜露人の死んだ事も勿論だと思った。

 その他我が身を知っている義軍の人々、一人の残りも無く死んだのに違いないと思い、其の身も寧ろ此の浅ましい世の苦痛を捨て、死人の数に入る時の近づいたのを喜ぶばかり。独り不思議な因縁で幾許(ばく)その艱難を共にした縄村中尉だけは敵軍の人なのば、きっとまだ活きて居るに違いないは思ったが、死期の定まった身を以って、思ってみたところで何になるだろう。思は無いようにしよう、思はないようにしようと我から我が心を戒めたが、苦しい中にも其の面影が目先に浮ぶのを見ると、少しの間恍惚として身の憂さを忘れる程で、此の人の事ばかりは我が心から離れ無い。

 此の人の事がどうしても心から離れないので、果てはこの様な仇なる縁を以って生まれたものと諦めて、露人等の冥福を祈ると共に、此の人の世に幸い有らんことを祈り、又我が身が早く死して、勤王軍の人々と同じ冥土に落ち逢うことを祈り、一日又一日と、無駄な日を送っていると、忌まわしい腕八はいつもの様に、日に二度は来て、獄室の中に入って来て、袋の中の秘密をと問うのを止めない。

 彼の言葉には、其の振る舞いの残忍であるのには似ず、初めから丁寧で嬢様、嬢様と云い、秘密をさえ知らせて呉れれば、直ちに助け出して旅費をも与へ、無事に他国の安楽なる地へ落としてやろうなどと言うが、他国に落ちて行ったところで何になろう。殊に袋の中に何の秘密が入っているのか全く我が身が知らないところなれば、問はれるだけ煩わしく、又其の言葉の丁寧なのが、荒々しい言葉より聞き辛く、末には唯、

 「早く殺して、殺して。」
と答えるのみとなったが、此の両三日は彼も断念した者か、全く来なかった。それで我が心に愈々(いよいよ)死刑の場に送られる日の何とやら非常に近くなった気がするので、今日も昼間から冷たい床の上に跪座(ひざまづ)き、小桜露人の事、縄村中尉の事、我が身の事を神に向って祈り暮らし、夕飯の終わった後、一休みして又夜の更(ふけ)るまで祈って居ると、常ならば最早牢番さえも廻って来ない時刻なのに、外から非常に重い室の戸を引き開き、足音静かに入って来る一人があった。

 さては愈々(いよいよ)朝一番の刑場に引き出される事と為り、夜中にこの様に番人が入って来たのかと、起き直った。振り向くと灯火を提げて立つ彼の悪人腕八だった。腕八は愈々最後の計略を定めて、この様に入って来た者と思われる。



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