巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

busidou50

武士道 一名「秘密袋」   (扶桑堂書店刊より)(転載禁止)

ボアゴベイ作  黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2014.2.5

下の文字サイズの大をクリックして大きい文字にしてお読みください

文字サイズ:

更に大きくしたい時はインターネットエクスプローラーのメニューの「ページ(p)」をクリックし「拡大」をクリックしてお好みの大きさにしてお読みください。(画面設定が1024×768の時、拡大率125%が見やすい)

busidou

  武士道上編 一名「秘密袋」                   涙香小史 訳

               第五十回

 腕八の計略は全く弥生の命と彼の秘密とを取り替えようとの口実を以って小桜露人を説き、露人から彼の秘密を聞き出すこと在りと見える。併しながら彼自ら露人を説得するよりも弥生をして説得させた方が却(かえ)って手易(たやす)く露人の心を動かす事が出来るだろうと思える為に、この様に弥生に向って説得にかかった者に違いない。彼は弥生が理解出来ずに返事をしないのを見、更に説得して、

 「斯(そ)うでしょう。小桜氏は袋の中の秘密よりも貴女の命を大切に思うから、貴女の命を助ける為には、秘密を私へ知らせても惜しまないでしょう。
 弥「其れは如何(どう)ですか。露人の考えは私の考えより遥かに優っていますから、私の心を以って彼の心を推量する事は出来ません。其れに彼は不名誉な相談などには決して応じない男ですから、貴方からどの様な相談を持ち出したとしても。」
と云い掛け、忽ち気付いた様に、

 「オヤ、先(ま)ア、私は露人が未だ此の世に存(ながら)えて居るか何どの様に言って居ました。」
と言って心細そうに俯向(うつむ)いた。腕八は気にもかけず、
 「エ、私から相談を持ち出してもーーー小桜氏が聞き入れないだろうと仰(おっしゃ)るのですか。」
 弥「聞き入れるも聞き入れ無いも有りません。此の世に亡い人の事ですから。」

 腕八はここぞと思い、
 「亡い人とどうして分かります。」
 弥「勤王軍が総崩れと為った今日まで生き残って居る様な男では有りません。」
 腕「イヤサ、生き残って居る様な人で無くとも、ハイ、戦死する積りで戦って戦死の出来無い場合も有ります。貴女だって心に死を祈って居ながらこの通り獄中に生き存(ながら)えて居るでは有りませんか。是が儘為(ままな)ら無い浮世ですよ。寿命が欲しいと云う人は能(よ)く死んで、死に度いと云う人が生きて居るとはーー。」

 弥「エ、エ、其れでは露人が未だ活(い)きて居ると云うのですか。」
 腕「先(ま)ア、その様な事でしょう。生きて居無いなら私がこの様な事を云う筈は有りません。」
 弥「彼はサプチーの戦争で。」
 腕「ハイ、同士と共に捕虜と為り、貴女も同様、此の地の獄へ入れられて未だ死刑には成りません。明日が死刑の日だと申しますが。」
 弥生は身を揺すぶって立ち上がり、
 「エエ知らかった、露人が未だ活きて居るとは。アア彼が生きて居るなら彼の死に際をまで守護して下さる様、私は改めて神に祈らなければ成りません。アア、茲(ここ)を立去って戴きませう。」
と云い、此の際に至ってさえ愚痴の一語をも吐か無いのは、全く此の世の念を晴らして、心の底が清い事を見る。

 腕「露人の為に祈るより自分の為に祈るのが急務でしょう。貴女も明日が死刑ですから。」
 弥「オオ、私も明日が死刑、其れでは露人と一緒です。死に際に露人と顔を合わせ一緒のところで殺されるとは是も神の恵みです。」
と勇み立つので、腕八は威(おど)そうと思った言葉が却(かえ)って喜ばせることになったのに気を悪くし、

 「たとえ死刑は一緒の日でも、顔を合わすなどとその様な都合の好い事は出来ません。露人は捕らわれる間際まで共和軍に抵抗した為罪が重く、嬲(なぶ)り殺しにされるでしょう。貴女は大川に沈められます。」
 弥「アノ露人が嬲り殺しに。では私も其の通りに殺して頂きましょう。私としても共和軍に抵抗した罪は露人に異(かわ)りません。」
 腕「イヤ、爾(そ)うは了(いけ)ません。嬲り殺しは銃を以って足の方から段々上へ射(う)ち上げて行くのです。余ほど弾丸(たま)が費(つひ)えます。共和政府は女の囚人に貴重な弾丸を費すような勿体ない事は致しません。」

 弥生は是も又直ぐ断念(あきら)め、
 「では貴方にお願いが有ります。貴方の様な悪人には舌の根が腐っても願いなど言ふ言葉は出さないと思って居ましたが如何(どう)か露人へ唯一言、私の言伝(ことづて)を願います。弥生は勤王軍の名折れに成ら無い様、立派に死ぬから安心せよと。ハイ、唯此の一語を伝いてください。」

 何とその決心の堅固であることか。しかしながら腕八はこの様な事の感じは無く、
 「其れ位の言伝(ことづて)は何でも無い事、併し嬢様、其れには及びませんよ、私の心一つで、夜の明け無いうちに露人を茲(ここ)へ連れて来て、少しの間番人も私も立去り、差し向かいで貴女と逢わせて上げる事も出来ますが如何(どう)ですか。」

 弥生は幾月、憂いにばかり曇っていた顔に初めて晴れた色を浮かべ。
 「其れは誠ですか。其れが出来れば私は手を合わせて拝みます。」
 腕「ナニ、其れには及びません。ドレ、今直ぐに連れて来て上げましょう。その代り一寸茲(ここ)で、秘密袋の中の秘密を一言私にお知らせ下さい。エ嬢様、唯大金の在処(ありか)だけで宜(よろ)しいから、サア、其れさえ言えば直に連れて来て上げますよ。

武士道上編 終わり

 明治三十年十二月十日印刷
 明治三十年十二月二十八日発行

 発売元 扶桑堂



次(第五十一)へ

a:304 t:1 y:0

powered by Quick Homepage Maker 5.1
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional

巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花