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武士道 一名「秘密袋」   (扶桑堂書店刊より)(転載禁止)

ボアゴベイ作  黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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  武士道後編 一名「秘密袋」                   涙香小史 訳 [#o008ac7d]

               第五十三回

 何もかも断念(あきら)めて、唯死刑をだけ待って居た小桜露人(つゆんど)も、真に弥生に逢う事ができると知っては今まで抑えていた情念が又忽(たちまち)ち燃え上がり、逢いたい、見たいとの一心でその他のことは忘れ尽くし、自ら腕八の腕を引き、
 「サア、サア、」
と言って牢の戸口に馳せ寄る有様である。

 これを見て腕八は最早や我が思う儘(まま)に露人を動かす事が出来ると確信したので、悪人の本性で今まで非常に優しくしていたのに引き換えて、強く出て、
 「幾ら逢いたくても二十分しか逢わせませんから、其の積もりで。」
 露「ハイ、二十分が十分でも、五分でも、唯逢う事が出来さえすればーーーー」
 腕「爾(そう)して之を最後の面会だと思いなさい。一度しか逢わせません。再び逢わせてくれなどと云っても無益ですから。」

 露「ハイ、一度逢えば死でも遺憾は在りません。」
と言う。ああ小桜は年は二十四歳血気今だ盛んで、熱心の非常に強い質なので、其の断然死を決して刑を待つ時に当たっては古の英雄と言えども及びがたく、動かすことが出来ない風があるが、其の心又情に動き真に弥生に逢う事が出来ると思っては、矢も盾も無く、唯恋しさに眼が眩(くら)むばかりである。

 腕八は之を引き立て、牢の外に待たせて有る番人と共に護送する体にて、やがて先刻の弥生の獄室の前に至り、その戸を開いて、
 「サア、この中です。」
と云い、露人をば己の持っている角灯と共に内に押入れ、約束通りその身は外に留まって再び戸を閉じたが、直ちに鍵穴に寄り添って、弥生と露人とが何事を言い交はすだろうと凝り固まって聞き入った。

 弥生は身を震わせて待って居たが、露人の姿を見るより、
 「オオ、未だ生きて居て下さったか。死に際に斯(こ)うして逢うのも全く神の引き合わせです。」
と云い、真実の兄にでも逢う様に懐かしそうに縋(すが)り付けば、露人も殆ど夢の心地、
 「オオ弥生だ、弥生だ、全く和女(そなた)で有ったのか。もう死んだ事とばかり思って居た。先頃ドール村の戦いの時、和女を救おうとして敵の中へ突き入ったけれど、和女は腕八とやら云う悪人に引き攫(さら)われたと聞いたので、---」
 弥「ハイ、爾(そ)うです。今貴方を此処まで連れて来た男が、私を攫(さら)ったその腕八と云う悪人です。

 露「何だ、親切そうに逢せて遣ると説き勧(すす)めてあれがが其の悪人か。其れでは斯(こ)うして逢わせて呉れたのもやっぱり悪い企みを隠して居るに違い無い。エエ構う者か。どの様な企みにでも掛かれば掛かれ。和女に逢ったのが本望だ。コレ弥生、今までは和女を唯、同じ男の親友か我が妹かの様に思って居たが、暫(しばら)く分かれて居て見ると、妹でもない、親友でも無い。その様な可愛さとは事が違う。和女とは死ぬ迄も分かれるに分かれられ無い。アア可愛いや。」
と、抱ける手に我知らず力を籠めるのは、真に是幼い頃から親友として愛し愛された人では無く、全く情人の言葉にして又情人の振る舞いである。

 弥生は異様な思いがして、殆ど知らないうちに身を引き、露人の顔を見直すと、露人は夢中の様子で、
 「弥生、コレ、夫婦に成ろう。今からは小桜露人の妻弥生ーーー。」
 弥「貴方は先ア。、何を考えていらっしゃる。」
 露「イヤ、和女(そなた)と私との生涯の大事を思うのだ。和女(そなた)は私と身分が違うなどと思うだろうが、その様な事は無い。和女が勤王軍に尽くした心は私の心も同じ事。両人(ふたり)が婚礼したと聞けば国王も喜ぶだろう。神も此の婚礼を恵んで下さる。

 弥「エ、婚礼とは。」
 露「オオ、私の妻となり婚礼するのサ。承知だと云っておくれ。」
 弥「たとえ私が承知しても如何(どう)して婚礼など出来ましょう。誰の前で婚礼します。此処は牢屋の中ですよ。」
 露「其れは能(よ)く知っている。牢の中だけに、かって勤王軍に心を寄せた僧侶達も沢山捕らわれ、死刑の日を待っている。その様な僧侶の前で、二人が夫婦の約束をすれば、牢の中と言っても、その式に変わりは無い。今私を茲(ここ)まで連れて来た、腕八とか云う男に頼めば二人を僧侶の前に連れて行って呉れるよ。其れはきっと私が頼む。」

 弥「でも貴方、貴方も私も、今死ぬ身では有りませんか。。」
 露「爾(そう)サ。今死ぬ身だからこそ、婚礼するのサ。爾(そう)すれば、一日でも私は和女(そなた)の夫と云う名を以(も)って死に、和女(そなた)も伯爵夫人と成って死なれる。其ればかりでは無い。弥生、和女も私も死刑の差し迫った身とは云え、万一助から無い者でもない。腕八の言葉では如何(どう)やらアノ黒兵衛が私を助ける積もりでここへ忍び入り、賄賂を以ってあの腕八を雇った様子だ。どうせ賄賂に転ぶ人だから、私が其の賄賂を十倍にしてやると云えば、和女をも助けて呉れる。」

 弥「イエ、私を助けては呉れません。彼は私を薔薇(しょうび)夫人の相続人と思って居るので、自分が其の相続する積もりで必ず私を殺します。先刻も明日が私の処刑だから、其の積もりで祈りを上げなさいと云いました。」
 露「真にその様な心なら此の牢へ和女(そなた)を入れ無いうちに殺して仕舞ふ筈。」
 弥「イイエ、其れは秘密袋の中に遺産の所在を記して有ると思い、其の秘密を私に聞きたいから、それで今まで殺さずに有るのですが、私が其の秘密を知ら無いと知れば彼は直ぐにも私を殺します。」

 露人は暫(しば)し考え、直ちに何もかも見て取った様に、
 「アア分かった。アノ秘密袋は私が暫(しばた)く保管して居たのを、ドール村の敗軍の時、敵の捕虜縄村中尉に再び渡し、どうか弥生の行く末を見届け、之を渡して呉と頼んだが、アノ中尉は極めて言葉を重んずる人だから、必ず今頃は此の土地に来て、和女(そなた)を牢から救い出そうとして居るに違いない。事に由れば黒兵衛と共々に力を併せているかも知れ無い。その様な事ならば猶更(なおさら)私も和女(そなた)も助かる。腕八に向かい和女が薔薇(しょうび)夫人の遺産に対する権利は悉く彼に譲ると約束し、私が又、牢から出して呉れさえすれば、縄村中尉と相談の上、袋を開いて遺産の在処を知らせてやると斯(こ)う約束すれば私は和女(そなた)を引き連れて、今国王の落ちている外国へ落ちて行き、和女と共に王を守護して勤王軍の再挙を計らう。コレ弥生、斯(こ)う考えれば猶更(なおさら)夫婦に成らなければなら無い。夫婦と成らずに如何(どう)して此の後の生涯が送られよう。タッた一言、私を愛すると云っておくれ。私の妻に成ると云って、コレ弥生。」

 弥生は最早言わなくては逃れられ無い所と思い、
 「許して下さい。貴方の妻になる事は出来ません。」
と云い、言葉と共にワッと泣き伏すと、露人は驚き怪しみ、
 「何で出来無い。何故(なぜ)私の妻に成られ無い。」

 弥生は濡(うる)んで聞き取る事が出来ないような声で、
 「私にはもう心に定めた方が有ります。」




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