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武士道 一名「秘密袋」   (扶桑堂書店刊より)(転載禁止)

ボアゴベイ作  黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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  武士道後編 一名「秘密袋」              涙香小史 訳

               第五十九回

 首切り台の方に引いて行かれるメテリー家の姉妹四人が、弥生の前を過ぎ互いに目礼を以(も)って応答する様子には、真に満場の人皆泣いた。泣かないのは唯姉妹四人と弥生との外に死刑に関係する役人だけ。
 腕八は今だと思い弥生の肩を揺(ゆ)すぶって、

 「如何(どう)ですか。可哀相じゃありませんか。あのような美しい姿でも殺されれば其れまでです。」
と云い、大いに弥生を威(おど)かそうと勉めたが、弥生は何の返事もせず、石像の様に立っているだけ。腕八は更に警吏(けいり)の一人を指(ゆびさ)し、

 「あの目の光る大男はパリで国王ルイの首を刎(は)ねたサンソンの実弟です。彼が此の地に死刑係で、首切り台の下に居る奴等は皆彼の手に殺されます。其の中に追々貴方の順番と為りますから、余り死に際に、見っとも無い顔をしない様、今から心を固めて居なければ了(いけ)ません。」

 弥生は猶(なお)も返事をしない。其のうちに死刑の執行は始まり、囚人一人一人首切り台に引き上され、頭上に輝く刃、爽やかに落ち来るかと見ると、人の首忽(たちま)ち前に落ち、備へ有る籠(かご)に盛られ、刃又上り行くと新たな一人又来て座し、己(おの)が首の落ちるのを待つ。其の傷ましい有様は殆ど譬(たと)えようにも物も無く、刃の上下既に三十回に達して、何となく力無さそうで、殆ど是だけで、この日の執行を止めるかと思われた。

 刑場の四辺(あたり)に設けてある血留めにさえ、溢れる鮮血が流れ広がり、係員が足踏み滑らせる恐れがある。此の様でさえ有るのに、姉妹(きょうだい)四人が唱う賛美の歌は、今まで囚人が多い為め、他の泣き叫ぶ声に圧(お)され殆ど聞こえ無い程だったが、一人死に、二人殺され、左右が静まって来るに連れ、その哀れな声は次第に聞こえ始め、断腸の思いがする音となって来て、果ては満場唯咽(むせ)び声となり、刃の上下も遅々として非常に重そうである。

 この様な所へ数人の護衛者を引き連れ、群集を動揺させて首切り台に進み寄る厳しい顔の一人が有った。見る人口々の中で、
 「市長カリアーだ。共和政府の代表人だ。」
と呟(つびや)いたが、真に是残忍無比として知れた市長カリアーである。彼年三十四歳、背高く色赤くて鬼の様な容貌である。彼首切り台の一端に馳せて上り、仕事の遅い役人等を睨(にら)み附けて、

 「汝等、何をグズグズする、国家に正道を行ふ為死刑を執行するのに、之を躊躇するのは正道を妨げる事に当たるのを知らないか。」
 鬼の口で正道を唱(とな)えるとは呆れ果てた次第であるが、係員等は将(まさ)に尽きようとしていた勇気を、恐れの為に回復し、又も死刑を急(いそが)しく続けて行い、終に四人姉妹の順番とは為った。

 姉妹は宛(あたか)もこの世を逃(のが)れるため、早さを競う様に進み出ると、カリアーは年の少ない者を先にせよとの命を下した。之に応じて係りの一人は第四女の手を取ろうとすると、四女は年十六歳ではあるが、三人の姉に劣らないほど心確かな質(たち)で、係員の手が触れるのを汚らわしと思う様に振り払い、

 「イエ、其れには及びません。天国へ入る道は一人で歩みます。」
と云った。この様な斬刑に処せられるのを天堂に入る道と思い、進んで刑台に上るとは何という健気なことだろう。やがて此の女の美しい首は、名も知れない罪人の首と共に同じ籠(かご)の中に入ったので、四人で唱(うた)っていた賛美歌の声は三人と為り、引き続いては二人に減じ一人と為り、終に二十一歳になる長女の刑と共に此の日の刑は終わった。カリアーは喜ばしそうに台の頭(ほとり)に走り上がり、自ら音頭となって大声に、

 「共和政府万歳」
を三呼したが、係員の外には之に和する者一人も無い。此方(こちら)に居る腕八は又も弥生に向かい、
 「サア愈々(いよいよ)貴方の順番ですよ、用意は宜(よろ)しいか。」
 今まで腕八に向かい、何の返事もしなかったのに、初めて唯一語、
 「ハイ」
と答えた。
 腕「今でも袋の秘密を私に知らせる気にさえ成れば助けて上げますが。」

 これ程の恐ろしい有様を見尽くして、助かろうと願わない者は誰が居ようか。唯弥生は最静かに、
 「イエ、早く殺して貰い度いと思います。」
 最早如何(どう)にも仕様が無かったので、腕八は不機嫌に、
 「其れ程死にたいならば、最(もっ)と殺さずに苦しめて上げましょう。」
と云い、其の儘(まま)弥生を引き立てて去ると、群集は此の日の死刑が全く終わった事を確認し、口々に嘆息の声を漏らして散り去った。

 やがて腕八は弥生を元の牢に入れ終わり、
 「アア如何(どう)にかして秘密を聞き出して弥生を殺して仕舞おうと思ったが仕方が無い。全く秘密を知っているのはアノ縄村中尉だけだ。中尉から秘密を聞くには矢張り弥生を助ける外は無いのか。と言って弥生を助けるのは非常な損害だが、エエ仕方が無い。一度は便宜上助けても後で工夫は幾等でも有る。何でも先ア、夜に入ってからの事だ。」
と呟いた。



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