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武士道 一名「秘密袋」   (扶桑堂書店刊より)(転載禁止)

ボアゴベイ作  黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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  武士道上編 一名「秘密袋」           涙香小史 訳

               第六回

 悪人等の驚くのも無理では無い。床下から現れたのは彼等の期していた大金では無くて、全く一個の骸骨である。何十年前、此の家で何人かが殺されて其の儘其の死骸が此の床下に隠された者に違いない。殊に怪しいのは此の死骸に長剣((サーベル)と勲章とを添へるばかりか、猶ほ殺される時に纏(まと)って居た衣服までも襤褸襤褸(ぼろぼろ)と為って形を存している。衣服は確かに海軍士官の制服で、釦(ボタン)に海軍の徽章(しるし)とする碇の模様も消え尽くしていない。

 腕八は酔いも醒めた音調で、
 「分かった。之は薔薇(しょうび)夫人の良夫(おっと)軽嶺侯爵の死骸だよ。侯爵は海軍士官で有ったと言うじゃ無いか。」
 櫓「爾(そう)だ。爾だ。薔薇夫人は日頃から良夫(おっと)侯爵を憎み、同じ海軍の士官で義勇艦隊海王号の艦長縄村大尉と云うのを情夫にして居たと言う事だから、良夫(おっと)侯爵をを刺し殺したのだ。
それだから自分の犯罪が露見するを恐れ先刻も燃え差し薪がここへ跳ね飛んだ時、周章(あわてて)寝台から下り、其の燃え差しを蹴(け)込んだのだ。爾だろうよ。あの周章 (あわて)方が尋常(ただ)事では無いと思った。」

 泥作も漸く口を開き
 「イヤ、此の死骸は侯爵では無いよ。侯爵は海軍の時、英国兵の為、海へ切込まれたと言うじゃ無いか。」
 腕「だって侯爵の外にこの様な士官此の家で殺される筈は無い。其れに見なよ。「サンルイ」の勲章を佩(お)びて居る。是も公爵と同じ勲章だ。侯爵の外に此の家へ入り込んだ海軍士官は、縄村大尉一人だが、縄村大尉は先年まで生きて居て、無事に病死した事は我々一同知って居るでは無いか。」

 泥「だって海へ切り込まれた侯爵が茲で死んでいる筈は無いと言う事よ。」
と、証拠の無い争い丈に、何時決すべしとも見えなかったが、櫓助は傍から、
 「侯爵の死骸で有ろうが無かろうが、我々の目的とする金貨に関係は無い。」
と云う。此の一語に腕八も泥助忽ち欲心の問題に立ち返り、
 腕「爾(そう)だ。此の床下に金貨が無ければ何処へ薔薇夫人が隠したのか少しも手掛かりが無い。」

 泥「何でも保田老医か老婢お律が知って居る。彼等二人に賄賂を遣(つか)いーーー」
 腕「賄賂に使う丈の金をお前は持って居るか。俺なぞは今夜居酒屋からも早や6ヶ月の勘定が溜まったと言って断られた程だから、賄賂算段さへ出来ない。」
 櫓「金貨の在処を教えれば、其の中の一割を分けて遣ると言えば好かろう。」

 腕「馬鹿な事を言う。彼等がその在処(ありか)を知って居れば、俺達に知らせて一割分けて貰うより、知らせずに丸々自分の物にするのが利益じゃないか。何で一割の配当に目が呉れて我々に知らせるものか。俺ア彼等二人を敵に内通の疑いがあると言って共和政府へ密告して呉れやうと思う。爾(そう)すれば今の政府は誰にでも嫌疑を掛けるから、直ぐに二人を拘留し、詮議もせずに死刑に処するぜ。」

 櫓助は瞬間も大目的を失念せず、
 「二人が死刑に処せられた所で、我々の目的はやはり届かない。」 
 泥作も賛成し
 「爾だ。我々の大目的は金貨にあるのだ。兎に角も後で緩々(ゆるゆる)三人が相談しよう。爾々(そうそう)、爾して此の後は何でも三人相談の上で運ぶ事に約束を極め、決して抜け駆けなどしない事に定めなければ。」
と己が今夜抜け駆けの第一だった事を忘れた様に云った。

 是にて三人、力を合わせて此の後の運動を評議する事に決し、怪しき死骸は再び床下に投げ込み、床板を元の通りに敷き終わり、
 「馬鹿馬鹿しい。」
と呟(つぶや)kながら出で去った。
 押入れの中の老婢お律は悪人等が全く門外へ出尽くした頃を計って少女弥生を従えて其の押入れから出で来た。この上茲(ここ)に踏み留まるのを恐ろしいと思う様に、一語をも交えずに足早に出で、漸(ようや)く門外の木陰に達したので、少女弥生は目の当たりに見聞きした恐ろしい様に心戦(おのの)き、暫(しばら)く身を休めなければ、立ち去る事が出来ない有様である。お律はそうと察し、先ず木の根に腰を卸(おろ)させ、

 「ナニ、嬢様、悪人等の言った事は間違いですよ。何で薔薇夫人が良人(おっと)侯爵を殺しましょう。侯爵は海へ切り込まれた儘(まま)死骸も揚がらず、勿論此の家へは帰って来ませんものを。」
 弥生は胸を撫で卸し、
 「何だか知らないが私しは今夜の恐ろしい有様を二度と思ひ出さない様にする。和女(そなた)も此の土地に居ては悪人等に密告されるかも知れないから。---。」
 律「何で彼等が密告しましょう。若しその様な様子でも見えれば、私から先に今夜した事を密告して遣ります。人の蓄えた大金を相続するのさへ今の政府は禁じて有りますもの。」

 弥「それにしても和女(そなた)は私に従い此の土地を立ち去って勤王軍へ加はるのが好ろう。勤王軍では看護や炊き出しの仕事に、女の加わるのを大層喜ぶから、エ、律や、私も今夜から明日へ掛け、大将軍に命ぜられた用事を終わり、明日の午後には此の土地を立ち去るから、和女が勤王軍へ加わらなければ、再び和女に逢われない事となるも知れぬ。」

 律「イエ、嬢様、私はもう七十に近い年で、何(どう)して軍(いくさ)などに加られましょう。其れよりも自分の家を守って居れば他日又貴女のお為に成る事も有ましょう。勤王軍は今の所、とても共和軍に勝つ見込みが無いと誰しも申しますから、貴女とても、何時又、身を隠す所の無いお労(いたわ)しい有様になるかも知れません、其の時には此のお律を尋ねてお出でなさい。貴女と小桜露人様とお二人を匿(かくま)う丈の事は律が命に替えても致しますから。」
と、末の末まで案じて言う老婢の言葉に弥生は暫く返事も出きず、

 律「そう云う中にも十時になれば町の大門が締まります。其の締まららないうちにサア、早く門外の律の家まで帰りましょう。ご存知の通り、律の家は大門を出て未だ二十町余も有りますから。」
と言って又も弥生を助け起こし、
 「だが嬢様、先刻の守り袋はお持ちでしょうネ。あの秘密の袋は」
と念を押し、少女が何とも答へないのに早や手を取り起こして引き立て行き、漸(ようや)くにして町の大門の辺りまで来ると、土地の民兵等が手に手に松明を振り照らし、馬に乗った一人の制服士官を迎へながら、歓呼して門外から帰って来るのに逢った。

 お律は少女を顧みて、
 「弥生様、御覧なさい。勤王軍がそのうちに攻め寄せると云うので、共和政府から援兵としてあの若い馬上の士官を送ってよこしたのです。先日から士官や兵士がもう数十人参りました。」
と云い、更に松明の映ずる士官の顔を眺めて、
 「オヤオヤあの士官は昔薔薇夫人の許にへ出入りした艦長縄村大尉に生き写しだ。縄村大尉の息子か孫ででも有りはしないか。」
と怪しむ折りしも、民兵は声を揚げ、
 「縄村中尉万歳、縄村中尉万歳」と連呼した。

 「アア愈々縄村大尉の子孫と見える。」
とお律は様子ありげに呟いた。



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