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武士道 一名「秘密袋」   (扶桑堂書店刊より)(転載禁止)

ボアゴベイ作  黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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  武士道後編 一名「秘密袋」             涙香小史 訳

               第六十回

 恐るべき死刑の有様を見てさえ弥生が何事をも言わないのは全く知らないが為に違いない。弥生之を知らなければ、最早縄村中尉から聞く外無く、中尉に聞くには約束通り弥生を助ける外は無い。弥生を助ける事は腕八の好まない所だが、今は仕方が無い。約束通り助ける事にしようと、腕八は是から急がしく其の準備に取り掛かった。

 弥生を助けるのは今夜弥生が大川に投げ入られるんのを待ち、その浮かび上がるのを見て小舟へ救い揚げるだけの事だが、弥生を助けた上で、事に由ると中尉と共々、薔薇(しょうび)夫人の大金の在る場所まで旅行しなければ成らず、死刑から逃れた出た女を連れて旅行する事は甚だ危険な事だ。

 第一に道々の関所を無事に通る為旅行券を得なければ成らず、是も容易な事では無いが、何れの筋にも通手(つて)の多い腕八の事なので、幾時間か奔走して漸(ようや)く無名の旅行券二枚を得た。必要な時になったら名前をさえ書き入れれば、誰が用いても通用するものだ。

 次には弥生を連れて夜の明けるまでに幾里を落ち延びる必要が有るかも知れ毎ので二頭の馬も雇い之を川下に待たせて置く事まで手配したが、更にもう一つ無くては成らないのは旅費の用意である。是には彼の黒兵衛から小桜露人を救ひ出す報酬として大金を得る約束なので、其の金を受け取る事としよう。一人で別々に弥生と露人とを助ける事は気疲れのする事だが、自分の欲には労を惜しまない男なので、之をも仕遂げる事に決めた。

 其の中に日も暮れて、黒兵衛と密会することになっている夜の九時半とは成ったが、大胆な腕八も黒兵衛の様な乱暴な男に逢う事は何となく恐ろしい所がある為、万一の時の加勢にと思って彼の猛犬ラペを引き連れ、約束の場所を指して行くと、何故かラペは日頃の鋭敏なのに似ず、甚だ気の進まない様子で、尾を垂れて歩みも遅い。励ましたが何時もの様には進んで行かないので病にでも罹ったのだろうか。

 それはさて置き、黒兵衛は昨夜腕八と別れた後、約束通り再び縄村中尉に逢い、腕八が己に語った所と中尉に告げた所とを照らし合わせると、其の主意は略(ほ)ぼ同じなので、二人の間で腕八の計画を信用する事に決め、更に其の他の事などを相談した結果、一つ話の纏(まと)まらない箇所が有った。

 黒兵衛は囚人を救った上で腕八を殺し、彼の悪を懲らしめようと言い、中尉はたとえ腕八の様な悪人でも、我との約束を守って囚人を助ける上は、我も又彼への約束を充分守り、彼を満足させなければならないと言い、終に争いの決する時が無いので、最後に中尉から調和の意見を出し、然らば我が彼に対して悉(ことごと)く報酬の約束を履行し終わった後、汝は汝一人で更に己の思うことを行えば好いと言い、即ち中尉の為す事は黒兵衛妨げず、黒兵衛の為す所は中尉妨げずという約束に折り合い、双方漸(ようや)く満足して分かれたのは、夜の一時過ぎだった。

 さて腕八は進まないラペを引き立てて約束の場所に至ると、研ぎ光らせた大斧を肩にし船大工かと思はれる姿で徘徊する大男は即ち黒兵衛だったので、其の傍に寄り、
 「オオ貴様は化ける事を知らないと言ったが、本当に良く化けた。如何(どう)見ても本職の船大工だ。」
と言うと、
 黒「ナニ、化けたのじゃ無い、俺に斧を貸して呉れた奴が、其の姿では了(いけ)ないから此の半天を着て行けと言って此の通り化けさせて呉れたのだ。今に俺が船の中に行き、口を利けば誰も俺を本当の大工と思ひはしない。」

 腕八は驚いて、
 「馬鹿な事を言うな。本当の船大工で無いと思はれては折角の計り事が破れるわ。」
 黒「イヤ、俺も爾(そ)う思うから成る丈無言で居る積もりだ。主人を助けるには、其れ位の我慢はしなければならないだろう。」
 腕「爾(そ)うとも、シタが約束の金は持って居るだろうな。」
 黒「好く金、金と言う奴だなア。最(も)う一度此の音楽を聞き度いと言ふのか。それ聞かせて遣る、聞け」
と言い、腰の胴巻きを叩き示すと、腕八の耳に何時聞いても悪く無い金貨の音がチャラチャラと聞こえた。




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