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武士道 一名「秘密袋」   (扶桑堂書店刊より)(転載禁止)

ボアゴベイ作  黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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  武士道後編 一名「秘密袋」             涙香小史 訳

               第六十五回

 [死際の婚礼]とは如何(どの)様な事を言うのだろう。
腕八は充分に其の意味を理解する事が出来なかったが、兎に角今弥生を金箱の様に大切に思う際なので弥生の身に係る事柄は軽々しく聞き流す事は出来ない。熱心に首を延ばして、
 「エ、那(あ)の女に死際の婚礼をさせるとな。全体それは何(ど)ういう事だ。」

 メーソンは酔って縺(もつ)れる呂律(ろれつ)で、
 「己(おれ)の思い付きで無いから己には分から無い。己は唯同僚ギランの言葉に賛成する丈の事だ。詳しくはギランに聞け。」
と言って傍らに座す一人を頤(あご)で指した。ギランとはメイソンに続いて顔利きで、是も腕八と隔て無い間柄なので、腕八は更にこの人に向かうと、此の人も酔った口調で、

 「エエ、日頃覚りの好い腕八にも似合わ無い。吾々は人を殺すのに様々な手段を用ひ尽くしたから、今度は新工夫を廻らせて婚礼させるのさ。婚礼と言った所で、茲(ここ)で杯をさせる訳にも行かず、唯男と女を裸にして其の体を縄で縛り合わせ、離れないようにして水の中へ投げ込むのサ。」
と言う。

 他の同僚は之を聞き非常に面白みのある事に思い、
 「賛成、賛成。」
と叫んだが、独り腕八は不機嫌に、
 「何だ面白くも無い。」
と呟(つ)ぶやいた。ギランは眼を据(す)え、
 「己の思い附きを面白く無いとは失敬だ。日頃なら貴様が第一に賛成する筈だ。」

 腕「日頃なら賛成するかも知れ無いが、こんな川風の寒い夜に、爾(そ)う時間のかかる事をして堪(たま)るものか。」
と腕八は只管(ひたすら)に妨げようとしたが、ギランは構わず、
 「時間が係るか係ら無いか己(おれ)に任せて見て居ろ。」
と云い、自ら立って弥生を引いて来て、之を甲板の上に並べる囚人の左の端に立たたせ、

 「サア、花嫁は此の女だ。囚人とは云え中々美しい姿だから、是に似合った男を一人探さなければ成ら無い。」
 腕八は又邪魔を入れ、
 「其れに似合わしい男は無い。止(よ)すが好いだろう。」
と云うと、ギランの同僚の一人は、

 「イヤ美しい女が却(かえ)って醜い男を亭主にするのが世間の相場だよ。囚人中の成るべく醜い男を亭主に見立てるのが好いだろう。」
と云う。ギランは猶(なお)も自説を張り、
 「イヤ夫(それ)では少しも面白味が無い。成るべく美しい男を選び、双方を幾らか喜ばせて置いて、爾(そう)して投げ込むので面白みが有ると云う者だ。幾等死際でも美人と美男子と縛り合わせれば、両方とも嬉しいワ。其の嬉しい所へ溺殺と云う悲しみを浴びせ掛ければ悲しみが一層引き立つ。何と高尚な思い付きでは無いか。」

 船長も感心し、
 「夫(それ)は実に面白い。今までの工夫は唯残酷に苛(いじ)め一方で、泣かせて置いて殺すのだから目先が変ら無い。己(おれ)などは最(も)う鼻に附いた。嬉しがらせて置いて殺すとは本当の新案だよ。」
 ギランは此の賛成に益々力を得て、

 「ドレ、是から花婿に成る美男子を探して遣(や)ろう。」
と云い、又立って灯火を取り、一々之を囚人の顔に差し向けて点検しながら、
 「イヤ、何(ど)れを見ても山家(やまが)育ちだ。の様な美男子は一人も無い。」
と不細工な洒落を云い、

 「アア此奴(こやつ)は目が大き過ぎる。此奴(こやつ)は唇が厚過ぎる。」
など悉(ことごと)く一人一人を検めて嘲(あざけ)ると、船員は其の度に声を放って動揺(どよめ)き渡った。如何(いか)に死際の囚人だとは云え、この様な目的で顔を検められ、この様に嘲(あざけ)られ笑われては、実に男子の忍び難い侮辱なので非常に憤る筈だが、数十日来残酷な取り扱いに逢い、怒るだけ益々苦しめられる元と知っている為にだろうか、無言の儘(まま)に其の侮辱に服するのは憐れむべき限りだ。やがてギランは小桜露人にまで検め来たが、

 「ヤア有るぞ。有るぞ。如何(どう)だ男の癖に此の美しい顔は、エ、是ならどの様な女でも夢中になるワ。此奴(こやつ)にしよう、此奴に。」
と云い更に下役を勤める船員を呼び立てて、
 「サア、此奴を裸にしろ、爾(そう)してアノ花嫁をも裸にさせ、二人を腹合わせに縛り合わせろ。」
と命じた。

 下役は声に応じて露人を引き出し、其の衣類を手に掛けて脱がそうんとすると、露人は稜々一片の気骨、甘んじてこの様な辱めに服する事は出来ない。手は縛られて如何(どう)する事も出来ないけれど、足を上げて下役を蹴倒しながら、そのまま船舷(ふなべり)に走り寄るのは、此の上の辱めを受け無いうちに自ら入水して死のうとの心に違いない。



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