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武士道 一名「秘密袋」   (扶桑堂書店刊より)(転載禁止)

ボアゴベイ作  黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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  武士道後編 一名「秘密袋」             涙香小史 訳

               第六十六回

 此の上の辱めを受け無いうちに入水して死のうと、小桜露人が船底に走り寄るのを、船員等左右から抱き止めて漸(ようや)くに妨げたが、此の様を見て気も転倒するばかりに驚いたのは腕八である。彼はメイソンと打ち合わせた己(おのれ)の謀計(たくらみ)が全く齟齬(そご)するのを恐れ、目ばかり虚呂(きょろ)つかせて四辺(あたり)を見ると、早や彼の偽船大工黒兵衛が最早や事是までと見てか、大斧を引提(ひっさ)げて立ち上がって来ようとするので、今彼に怒られては如何(ど)の様な目に逢うかも知れない、何とか此の場を治めなければと殆(ほとん)ど必死の想いでメーソンに取り縋(すが)り、

 「お前は彼の囚人を何(ど)うするのだ。」
と小桜を指して問うと、
 メ「裸にして女囚と括(くく)り合わせ、爾(そう)して水へ投げ込むのさ。今迄聞いて居たじゃないか。」
 腕「了(いけ)無い。了(いけ)無い。先刻話した偽船大工が賄賂を出して救いたいと言うのが其の囚人だよ。私の言った通り彼を船室に入れなければ成ら無い。船室に騙して入れ、狂ひ死にに死なせるほうが幾等面白いか知れ無い。」

 メイソンは漸く思い出した様に、
 「アア其の話が此の囚人か。成る程、獅子をを陥穽(おとしあな)に入れる策も悪くは無いが、ギランの思い付きも面白いぜ。男と女を裸にして括(くく)り合わせ、死際の婚礼をさせて爾(そう)して水へ投ずるのもーー」
 腕「面白いと言っても夫では賄賂に成ら無いじゃないか。船大工から大金を得て、明日にも二人で散財すれば楽しみが後まで残る。」

 メ「賄賂は得なくても我々は到る所に信用が有る。どの様な散財でも出来るじゃないか。金なら共和政府から此の頃発行した新しい紙幣を幾等でも渡して呉れる。」
 腕八は益々窮したが、猶(なお)知恵を絞り、
 「ナニ、紙幣、紙幣が何になる。船大工が腰に付けて居るのは金貨だよ。前の暴君ルイ王の顔を鋳出してある金貨だよ。火に燻(く)べても水に漬けても無くならない黄金のルイ金だよ。」
と畳み掛けて説きたてると、当時金貨は非常に少なく、唯田舎人が蓄え持つ物ぐらいで、パリを初め南都の様な繁華の地では、その陰を見るのさえも難しく、政府さえも困難の余り金貨の貯蔵を禁ずとの法律を出した程なので、金貨の声には何人も動かない筈は無い。

 メ「何だ、あの光る金貨か。」
 腕「爾(そう)よ。黄色く輝いている金貨だよ。夫(それ)に今更此の約束に背いてはアノ頑丈な船大工が何の様な乱暴するか知れ無い。彼の恨みは第一にお前に帰するぜ。」

 メイソンは密かに船大工の顔を見ると、先刻まで殆ど愚人の様に落ち着いて居たのにに引き換へ、今は斧の柄に両手を掛けて之を杖に付き、イザと云う時には騒ぎ出す身構えで、立っている様子は実に昔の絵にもある様な勇士の相貌で、恐ろしいことと云ったら譬えようも無い程で、特にその目は油断無く此の方に注いで居る様子なので、暴虐非道の悪人も全く不安になり、恐れと欲とに忽(たちま)ち意を翻(ひるがえ)し、

 「好し好し、腕八お前は何とか彼奴(きゃつ)を騙(だま)して取り静めろ。彼奴に此の甲板で暴れられては大変だ。本当にライオン(獅子)だよ。彼奴の様な奴は成るほどケビンの陥穽(おとしあな)へ入れるのが一番だ。」
と言う。腕八は漸(ようや)く安心し、

 「勿論陥穽に入れる丈は私が屹度(きっと)引き受ける。」
と言い直ちに黒兵衛の方に行った。
 これ等の問答は囁き声で行ったので黒兵衛初めその他の人は一語をも洩れ聞く事は出来なかった。やがて黒兵衛に寄って来る腕八を捕らえて、
 「貴様の様子は何うも怪しい。今メイソンと何の話をして居たのだ。」

 腕「イヤ見られた通りギラン奴(め)が小桜露人を婚礼させると言い出したから、俺は貴様との約束を守り、滾々(こんこん)とメイソンを説き、屹度(きっと)小桜を助けることにしたのサ」
と言う。この時恰(あたか)もメイソンは下役に向かい、
 「待て、待て、其の囚人には死際の婚礼よりももっと面白い工夫がある。先ず船をもっと下手まで漕いで行け。」

と命じ、自ら小桜露人を引き立て、之を立ち並べる囚人の右の端へと立たせた。之にて小桜と弥生とは、遠く双方の端に別れて立つことと為った。腕八は之を見、
 「ソレ見ろ、メイソンが那(あ)の通り小桜を取り除けた。之で俺の尽力が行届いたた事が分かるから、サア腰の物を俺に渡せ。黒兵衛は頑として、

 「イヤ約束通りだ。小桜と俺と唯二人を特別にケビンへ入れると云う命令の声を聞くまでは渡さない。」
と言う。アア彼ケビンは其の身の為に陥穽(落し穴)である事を知らない。之を安全な活路だと思うのは憐れな事だ。

 是から船は又幾間(数m)を漕ぎ下り、毎(いつ)も溺刑を執行(とりおこな)ふ水の最も深く底瀬の最も急なる所に至ったので、メイソンは大声で命を発し、
 「サア、客の面々に下向きの馳走をせよ。」
と言う。「客」とは囚人の意味で、「下向きの馳走」とは之を水中に投げ込むという意味だ。彼らは溺殺を水遊会と称し、一種の慰みとしている程の失礼者(しれいもの)なので総て饗応の様な符牒を用いているのだと言う。



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