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武士道 一名「秘密袋」   (扶桑堂書店刊より)(転載禁止)

ボアゴベイ作  黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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  武士道上編 一名「秘密袋」                   涙香小史 訳

               第六十八回

 ギランは猶(なお)も怪しむ様子で、
 「死際の婚礼とは今迄に無い面白い思い付きなのに、それを行わ無いのは怪しからん、サア花婿は何(どう)した。彼奴(きゃつ)を茲へ連れて来い。己が婚礼させて投げ込んで遣る。」
と云う。メイソンはこれを聞き、其の身が賄賂の約束の為に其の婚礼を妨げた事を思うと心に幾分の弱みがある。成るべく言い繕(つくろ)おうとして非常に言葉を和らげて、

 「イヤ、婚礼よりも猶面白い工夫があった。実はあの美男子を船大工と共に客室の中で苦しみ死に死なせる為もう客室へ閉じ込めてしまったよ。」
 ギランは益々怒り、
 「何だと、客室に閉じ込めて中で何(ど)の様に苦しんだからと言って、吾々には分から無いじゃ無いか。それが何で面白い。尤(もっと)も今まで、苦しませる目的で客室へ入れた囚人も有るけれど、それは総て長官カリヤーから特別の命令が有ったためだ。今の男子には特別の命令は何も無いのに、何で客室へ入れたのか。」
と言って、己(おのれ)の折角の思い付きを妨げらた悔し紛れに、怒ることと言ったら、並大抵では無く、果ては、

 「好し、好し、後で俺から共和政府へ密告してやる。彼を特別に客室へ入れたのは、決して慰みの為ではなく、何か仔細の有ることに相違無い。共和政府の手で調査すれば其の仔細も分かるだろう。」
とまで言い出したので、メイソンは恐れを催し、一度密告されては、調査も無く直ぐに死刑に処せられる此の頃の政治なので、僅(わず)かな賄賂の約束で、この様な危険を冒すべきでは無いと早くも思い直し、

 「ナニ、同僚、何もその様に荒立てる程の事ではない。お前がそれ程に婚礼をさせ度と思うなら、再び客室から引き出して来れば良い。誰も仔細有って故意にお前の意をを妨げた訳ではないから。」
と言う。ギランは漸(ようや)く機嫌を直し、
 「爾(そう)サ客室から引き出して来て、己(おれ)の言う通り婚礼をさせれば、何も言い分は無い。サア、客室へ入れた囚人を茲(ここ)へ連れて来い。」
と云う。

 執行人は心得て下に下り、再び客室の戸を開くと、黒兵衛は既にその中を検め、到底一丁の斧の力では破り出る事は出来ない事を見、さては腕八に欺(あざむ)かれて賄賂の只取りに遭ったかとやや気付いた際だったので、露人を先に立て、躊躇する事も無く直ぐに出て来た。

 是で腕八が折角に謀(たくら)んだ計略は全く破れる事となった。腕八は我が出て来た後でこの様に計略が破れたとも知らず、縄村中尉との約束を守り中尉の小舟へ乗り移ったが、中尉は先刻から囚人が追々に投込まれるのを見、早く腕八が来なければ、其の中に弥生の投込まれる順番と為り、我が目的が達せられずに終るかも知れ無いと、非常に心を燥(いら)立たせて居た時だったので、乗り移る腕八を見て、安心の思いをして、早速彼に櫓を渡し、多く囚人が浮かび上がる辺に行って船を停(と)めると、幸いにも此の舟に焚(た)いていた篝火は既に燃え尽くして親船からは充分に此の舟の進退を見ることは難かしく、却(かえ)って親船の甲板には灯光(あかり)が絶えることが無かったので、此方(こなた)よりは充分に彼方(かなた)の様子を望む事が出来たので、弥生が投げ込まれる時が来ても、之を見過(あやま)つ恐れは無い。

 中尉は猶(なお)も念の為に水面を透かして見ると、親船の灯火は斜めに反映して水を照らし、其の面に人一人浮き上がったら、明らかに知る事が出来る。是ならば十に一つも仕損じる事は無いと息を凝らして待つうちに、残る囚人、又幾人か投げ込まれ、弥生の外に唯二人を余すのみと為ったが、此の時又一人、手を縛られた囚人が甲板に現れ出た。

 見ると小桜露人だ。中尉は別に之を怪しいとも思はなかったが、腕八は手ずから露人を客室に入れ、堅く其の戸まで締め切って来たところだったので、非常に驚いた。さては我が出て来た後で何か評議が変ったのだろうか。それとも露人に似て実は別人なのだろうかと更に眼を張り開く折りしも、又立ち現らわれた一人は肩巾の広さだけでも見間違う筈は無い黒兵衛である。何か評議に変る事が有り、更に彼等を客室から引き出したのに相違無いと、この様に思うと俄(にわ)かに恐ろしさを催して来た。

 若しや黒兵衛が斧を以って船員一同を屠(ほふ)り殺す気を起こしはしないか。彼が死ねば安心だと思っていたのに、再び世に出て我を苦しめる事とは成ら無いかなど、殆(ほとん)ど身を震わせるばかりだったが、此の時ギラン自ら弥生を捉(とら)え、僅(わず)かに其の上着を脱がせた儘(まま)で、露人の身と抱き合わせて結び合わせようとするのを見る。先には裸にして結び合わせるとの事だったが、時間が後れるて来たので其の手数を省いた者と見える。

 ギランの背後に立つ黒兵衛が徐(そろり)徐(そろり)と横手に廻り囚人の投げ込まれるべき船舷(ふなばた)に忍び寄るのは愈々(いよいよ)露人と弥生とが投げ込まれる間際となり、二人を奪って役員を切り殺す積りだろうなどと、此方(こち)らから腕八が空しく恐れて危ぶんで居る間に、弥生と露人は一塊と為って投げ込まれたが、一歩も後れず黒兵衛も自ら躍(おど)って河の中に飛び込んだ。三人の身は水面に波紋を残しただけで、暗い水底に隠れ終わって何の消息も伝え無い。



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