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武士道 一名「秘密袋」   (扶桑堂書店刊より)(転載禁止)

ボアゴベイ作  黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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  武士道上編 一名「秘密袋」           涙香小史 訳

               第七回

 お律何の為に呟いたのかその仔細は後に譲り、この様に民兵等に万歳を唱へられる縄村砲兵中尉を如何なる人かと見れば、軍人には珍しい程の美男子ではあるが、世の柔弱なる美男子とは同じでは無い。
 溢れる許りの勇気眉宇の間に現われ、総体の容貌凛然として侵し難い威風ある中に又赤子をも懐かしめる穏やかな所あり。

 少女弥生若し心落ち着いた際に此の人を見たら、如何の様な想いを為すことだろう。しかしながら今は人の容貌などに目を呉れる場合でないので、唯勤王軍の敵方に援兵の士官が加わわった事を心憎く思うだけ。その中に彼方は向こうへ、此方は大門の方へと擦れ違い、無事にお律の家へは着いたが、何しろ敵の用意がこの様に行き届いては我が勤王軍の前途も容易では無いと、殆ど平穏ではいられず、翌朝は未明に起き出して、此の土地の少女の様な衣服に打扮(いでた)ち、再び大門の中に紛れ入り、町の四辺何れの所が最も攻め入るに都合好いかと隈無く偵察すると、何れも備へ厳重にして、ここならと云ふ隙間無し。

 そもそも此の度の勤王軍は六ヶ月前にペンジー地方に起こってから、爾来各所に転戦し、初めの中こそ奇功をも奏したけれど、政府方の兵に比べては満足なる銃器さえ無い烏合の兵も同様にして、中には鋤鍬の外かって手にした事も無い農夫も有り、唯銘々の胸に溢れる勤王の熱心にて艱難を艱難とせず、命の有る限り都の方を指して上ろうとする者なので、今日此の頃は殆ど戦い勝つ見込みは無く、最後の運を唯此の町の一戦に賭けた如き有様である。

 此の町をさえ乗っ取れば、此の付近に多少は状況を見て勤王軍に加はる者も有るに違いなく、且つは海一つ隔てた英国から助けを得る道も附くに違いない。若し此の町を取ることが出来なければ、何れの所に退くことが出来るだろう。既に政府方の兵八方から遠巻きして、勤王軍の退く道を塞ぎつつ有るのは隠れも無い事実である。だからと言って此の町を攻めるにも、通常の攻城法を用える程の人数は無く、唯何の所にか間道を求め、敵の不意を突いて破り入る一方である。

 其の間道を求めることが即ち少女弥生の任務で、この様な少女にこの様な大任を託する大将軍の心中解しかねるけれど、少女だけに敵の疑いを避ける便利も有り且つは弥生、此の土地に育ち道案内をも諳んじているので、農夫揚がりの老兵を用いるより却って功を奏すかもしれないと、日ごろ奇を以って勝ちを取る大将だけに、殊更弥生を選んだものだ。

 殊に弥生は幼い時から勤王の熱心家小桜伯及び其の息子露人の薫陶を受け、狭い女の心に王の為に死するを本文と心得、勤王の為だと言へば、危うきをも、苦しきをも厭はず、脇目も振らずに命令の儘(まま)に従う女なので、この様な任務には他の兵士に勝ろうとも劣る筈は無い。

 さても弥生は町の隅々を検め、何れの所にも攻め入るべき隙が無いのを見たので、最早や海岸の崖に有る最も険阻な岩間の道を選ぶ外無しと思い、日暮れになって町を海岸の方に歩み、其の尽きる所に至ると、茲には敵も険阻を恃(たの)んでか、他の方面ほど厳重な備いを設けず、唯新たに土石を盛り上げた台場の様な物が一ヶ所あり、一個の砲門を備えただけ。之を守る兵さえ無し。

 茲こそ我が軍の攻め入るべき所なので、猶ほ進んで崖の果てに到り、立って幾千尋の下を見降ろすと、幼い頃友達と共に岩間の若草などを摘み、幾度か昇り降りた小道、猶ほ記憶に残っているので、子供の上り下る道を、死を決した勤王軍が上れ無い筈は無いと、崖の雪崩た所を捜して茲より三間ほど降りて見ると、全く幼い頃の遊び場で、其の頃座敷に見立てた平らな岩の面に苔滑らかに蔽(おお)った所も有った。

 之を見ては忽ち幼時に帰った心地して、懐かしさに我慢ができなかったので、疲れた身を苔の上に卸し、海面から吹き揚げる軟風に、乱れたし髪を撫で上げると、心は何時しか幼時の頃から我が今までの生い立ちに移り、果ては昨夜の恐ろしい有様にまで想い至り、又彼の秘密の袋をも思出したので宛も小児が玩品(おもちゃ)などを取り出す様に衣嚢(かくし)からそれを取り出だし、手の先々で弄んでいたが、この袋は是死人の首から外した者であると思い、又床下から出た骸骨などを思いだしては、何とやら袋に恐ろしさが附き纏っている心地もして、此の中に何が有るかは知らないが、之を何時までも身に着けているは気味悪いので、いっそ投げ捨ててしまおうと、暫しの間に思い定め、袋を持った儘立ち上がると、此の時、海の面より遥かに銃の音が聞こえて来た。

 さては英国から早や救いの船が来て、勤王軍が既に此の町を取った者と見て合図するではないかと、又引き返して小高い方に到り望み見ると、英国船では無く、共和軍の旗を樹(た)てていた。さては「サンモロ」の付近から船を出だして敵に応援すると見えた。海面からこの様な応援が現われては折角茲と見定めた此の崖の間道も味方の用には立たないかなどと、又悔しさを催ほしたので、手に持っている秘密袋をも、思はず崖の一方に投げ捨て、更に眼を放って広く目の届く涯(かぎ)りを眺めると、怪しや崖の下から幾町の左手に当たる「ボース」河の向う岸に一隊の人馬が現われ出た。是も敵の援兵であるか、それとも我が軍が既に進んで彼の所まで達したたのかと猶も瞳を凝らすと、兵の帽子に白き羽毛(とりのけ)の見えるのは確かに我が軍にして、其の先に進む騎馬武者は其の姿さへ見分けられたので、思わずも、

 「アア小桜露人さんだ。何時もの通り先発隊として一番掛けに来たと見える。」
と呟き、又暫くして、
 「其れにしても無用心だ。海にまで敵の船が見えるのに、アノ様な所まで姿を現して進んでは敵に背後から取り巻かれる。オオ斯(こ)うしては居られない。ドレ早く彼処へ行って知らせて遣らなければ。」
と言って、少女ながら略(ほぼ)地勢から兵略の一端を読み取ったので、一方ならず心配に成り、将に立去ろうとその身引き締めると、此の時先ほど見た崖の上の砲台に忽ち発砲の声轟き、弾は子桜露人の正面の、「ボース」河の此方の岸に落ちて砂煙を上げた。

 幸い河一つ隔てていたので何の障りも無かったとは言へ、実に危うき限りなので、弥生は飛んで行き度い心で、帽子を頭に頂き直すと、此の時背後に人の近づく足音がった。さては間道を探りつつ有る我が振る舞いを敵の番兵にでも認められたかと、ぎょっとして振り向き見ると、昨夜見た敵の士官、彼の縄村砲兵中尉とか云う人であった。弥生は逃げるに逃げられず、如何しようかと当惑していると縄村中尉は微かに笑みを帯びて進み寄り、

 「若し、姉(ねい)さん、此の守り袋はお前が遺失(おとし)たのでは無いのか。」
と云い、今し方弥生の投げ捨てた彼の秘密袋を差し出した。



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