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武士道 一名「秘密袋」   (扶桑堂書店刊より)(転載禁止)

ボアゴベイ作  黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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 武士道後編 一名「秘密袋」              涙香小史 訳

               第七十四回

 弥生を呼んで懐かしそうに馳せて寄る此の少女は何者だろう。弥生も又懐かしそうに、
 「オオ月枝様か、如何(どう)して先(ま)ア此の様な所に。」
 と問返すと、月枝と呼ばれた少女は、
 「アノ黒兵衛がネ、私を此の先の百姓家へ預けたの。」
と云う傍(かたわ)らに怪しみながら此の問答を聞く縄村中尉は、此の言葉で忽(たちま)ちに思い出し、

 「アア貴女は梅田嬢で有りましたネ、何時(いつ)ぞや黒兵衛に連れられて砲車の上に乗って居た。」
 月「ハイ爾(そう)です。貴方の顔も能(よ)く覚えて居ます。縄村中尉と云う捕虜なんでしょう。」
あどけない問いに中尉思はず笑いを催し、

 「ハイ、今では捕虜でも有りませんが、アノ時の縄村です。」
 月「貴方は黒兵衛に逢いませんでしたか。」
 縄「ハイ、黒兵衛は我々と一緒に茲(ここ)まで来て、たった今貴女を預けて有る家へ行くと言って立ち去りました。」
 少女は非常に驚いて、

 「夫(そ)れは大変だ、アノ家は昨夜から共和政府の兵隊の宿となり、騎兵が沢山に泊まって居ます。私なども寝る所が無くて昨夜は此の丘に在る番小屋で泊りました。黒兵衛がアノ家へ行けば其の兵士に捕らえられます。」
 縄「エ」
 弥「エ、エ」
 弥生も縄村も一様に驚くと、少女は少し思案して、

 「アア、私が近道から先へ廻り、黒兵衛が其の家へ這入ら無いうちに連れて来ます。」
と言い捨て、連れて居た羊を残して早や彼方へと立ち去った。
 此の兵こそは先刻途上で蹄(ひずめ)の痕が乱雑に入り乱れて居るのを見た捜索騎隊であるに相違無い。捜索騎隊と同じ村に憩(いこ)うことは実に危うい限りなので、大胆な縄村中尉も当惑の色を隠すことが出来ず、眉を顰(ひそ)めて思案していると、前から黒兵衛を煙たく思っていた腕八は進み寄り、

 「この様な所に長居していては実に危険です。黒兵衛一人を庇(かば)っては居られませんから、吾々は彼を捨て置いて進みましょう。」
 縄「ナニ騎兵が我々より先の方に宿っているから進むのは其の網へ飛び込む様な者だ。何でも此の辺は既に昨日の中に捜索した場所に違い無いから、茲(ここ)に居る分には大丈夫だ。昨晩既に捜索した場所へ、引き返して来て再び捜索を施すと云う事はしない。兎に角茲(ここ)で黒兵衛の消息を待たなければ。」
と云い草の上に腰を卸(おろ)した。

 ややあって黒兵衛は月枝嬢に手を引かれて帰って来た。
 「可笑しい事が有る者だ。丁度己(おれ)の目指す家が騎兵の宿になり、騎兵等は昨夜遅くまで食らい酔ったと云う事で今朝は未だ眠って居るわ。併し程無く起き出す刻限だから我々は静かに茲(ここ)に潜み、騎兵を遣り過ごすのが一番だ。晩まで茲(ここ)に潜んで居れば其の中に騎兵は必ず次の村に立つだろう。」
と云う。

 是は中尉の思う所と同じなので、相談は之に決したが、一人非常に不機嫌なのは腕八である。彼異存を持ち出だして、
 「夫(それ)では何か、一村づつ常に騎兵の後に就(つ)いて行くのか。」
 黒「馬鹿め、此の村と次の村の間には横手へ切れる枝道が有るわ、枝道に入れば夫(そ)れで騎兵と分かれるじゃ無いか。」
と唯一言に腕八を斥(しりぞ)けたが、更に又弥生に向かい、

 「貴女は梅田嬢と共に牧場の傍(そば)の番小屋へ行き、充分に眠るが好いでしょう。」
と云う。弥生は実に睡眠と休息とを何よりも有り難いと思う際なので、早速其の意に従って、子羊の群れと共に梅田月枝嬢に従って、番小屋の方を指して歩み去ると、後に黒兵衛も縄村中尉も茲(ここ)に彼の秘密袋を開き、此の後の指して行く先を定めようとの心なので、兎に角腕八を退けて置くのに越した事はないと云い合わしはしないが同じ心なので、中尉は鉄助に、用意している食糧を取り出ださせて、弥生の行った番小屋にも幾らか運ばせて、別に又腕八と鉄助との食らう分丈を分ち、

 「サア貴様等二人は馬の傍(そば)に行き、其の番をしながら之を食べよ。」
と与えると、腕八は少しの暇も秘密袋の事を忘れず、早や中尉と黒兵衛との思惑を察して、
 「ですが中尉、茲(ここ)で約束通り、お互いに秘密袋を披(ひら)かうでは有りませんか。」
 黒兵衛は聞き咎めて、
 「何だ、悪人の分際で、お互いになどとは」
と叱り附けると、中尉も、

 「ナニ貴様と共々に秘密袋を開かうと云う約束では無い。秘密袋は俺が開き、貴様には唯中の秘密を教えて遣れば夫(それ)で済むのだ。」
 腕八は更に何か云いたそうだったが、黒兵衛が円(つぶ)らな目で睨みつつ有るのに恐れ、僅(わず)かに、
 「ソレでは屹度(きっと)、中の秘密を知らせて下さいよ。」
と嘆願する様に念を推(お)して糧食を抱えて馬の方に立ち去った。

 中尉と黒兵衛とは後に緩々(ゆるゆる)食事をしながら彼の秘密袋を開こうとする。
 アア秘密袋、秘密袋、今迄これ程に一同の運命を支配し、幾多の波乱を巻き起こした秘密袋は、中から如何(どの)様な秘密を吐き出そうとするのか。



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