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武士道 一名「秘密袋」   (扶桑堂書店刊より)(転載禁止)

ボアゴベイ作  黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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 武士道後編 一名「秘密袋」              涙香小史 訳

               第七十五回

 縄村中尉は先ず己(おのれ)が肌身から彼の秘密袋を取り出だし、単に、
 「之だ」
と云言って黒兵衛の前に置くと、黒兵衛は手に取って打ち眺め、其の一方の取り口に近頃開いた様な痕(あと)があるのを見出し、
 「フム、此の袋は誰か此の頃に成って開いたのだな。一方の横目は糸が新しく且つ素人の手で綴じ合わせた様に極めて不細工だ。」
と云う。

 縄「俺も爾(そう)は気が附いて居る。俺が初めて小桜氏に渡した時は両方の口ともに同じ糸で有ったが、再び小桜氏から受け取った時には此の通りに成っていた。」
と答える。是(これ)は実に小桜露人が、縄村中尉と弥生との間に何か秘密の有るのを疑い、グランビルに野営した夜に披(ひら)いて包み紙だけ検(あらた)めたので、綴じ口も露人の手で縫われた者だ。

 黒「では露人様が開いたのだろう。弥生嬢の物を露人様が開くのは不思議は無い。」
と少しの事にも先ず露人を弁護するのは黒兵衛んの日頃の癖である。中尉も
 「夫(それ)は爾(そう)サ。」
と同意し、又自分の手に取って其の綴じ口の新しい方を開くと、中から現われたのは、先に露人が開き読んだ、古びた紙の封包(うわつつ)みである。

 両人は頭を寄せて読むと、何人でも、此の袋を拾ったなら、直ちに小桜家に養はれる少女、弥生に届けて呉れよとの意にして、薔薇(しょうび)夫人が自ら書いた旨を記してあるのは先に露人が読んだ時、記して有った通りである。此の封包(うわつつ)みの中に更に密封した一書がある。是は問う迄も無く、秘中の秘にして、薔薇夫人の遺言であって、腕八が目指す大金の所在も此の中に記して有るに違いない。

 縄「フム、小桜露人氏も此の封包(うわつつ)みだけしか読まなかったと見える。コレ中の一書は手を着けた痕(あと)が無い。」
 黒「夫(それ)は無論だ。露人様は封包(うわつつみ)の文句で神聖な書類と知ったから手を着けずに弥生嬢にそうと思ったのさ、その様な事には中々厳重な気質だから。併し我々は弥生嬢の許しを得、嬢に代わって検(あらた)めるのだから差し使いは無い。サア秘中の秘を披(ひら)いて見ろ。」

 中尉は殆(ほとん)ど恭(うやうや)しいまで真面目に之を開くと、中は全く遺言状である。両人期せずして声を揃(そろ)えて読み下した。
 「茲(ここ)に記すは妾(わらわ)(侯爵夫人軽嶺薔薇(しょうび))の遺言である。妾は昔から公証人、法律家などを嫌い又法律の手続きなどを嫌うっため、此の遺言状も公証人の手に托して置くなどの事はしない。死後の事を、最も信任する小桜伯爵に頼むのだ。此の書の意は小桜伯爵に宛(あて)た者と見做(みな)されよ。

 妾(わらわ)は今健康が勝れているので、此の後幾年も生き延びることが出来るだろう。しかしながら今日此の書に記した決心は此の後幾十年生き延びるとも変るはずは無いので、妾の最後の決心である。
 妾は何の婚資も無くして軽嶺侯爵に嫁したる者なれば、里方の家からは何の恩をも負って居ない。唯幼い頃から婚礼の時まで育て上げられた恩は、親の恩として、軽嶺家に嫁して後、充分に酬(むく)いて有る。

 生みの父、生みの母が死するまで、及ぶ丈孝養の道を尽くしたので、此の上に里方の何人からも何等の言い掛かりを受ける謂(いわ)れは無い。」
 黒兵衛は是まで読んで、
 「フム、此の夫人は、婚礼の後絶えず、里方の人達から無心に逢い、非常に里方を憎んで居たと言う事だが、此の一書でも其の有様は想像せられる。」
 縄「爾(そう)だ、此の書を認(したた)める時までも、まだ里方には懲(こ)りて居たと見える。」
斯(こ)う言って次を読む。

 「爾(さ)れば妾(わらわ)の財産は総て夫侯爵から賜(たまわ)った物だけである。里方から得たものは塵(ちり)ほども無し。妾の嫁(か)した時、侯爵は軽嶺家の財産の四分の一を妾の名義に書き替えられた。千七百五十八年に至り、妾に松子と云う娘が生まれた時、夫侯爵は喜びの余り直ちに松子を以って財産半分の相続人とし、妾を以って残る半分の相続人と定めたが、其の後侯爵はその筋から戦死した者と見做(みな)され、又娘松子も千七百七十六年に至って死したので、其の時から軽嶺家の財産は総て妾の物となった。

 妾には今相続人は無い。この後に相続人の生まれるべき筈も無い。妾が死ねばきっと此の財産を相続しようと争う人が多いに違いない。特に妾の里方には妾の甥孫又は姪孫に当たる者が数人ある。
 黒「フム、腕八等も其の甥孫に当たる一人だな。」
 縄「爾(そう)サ、何でも己(おれ)の聞いた所に由れば先頃まで櫓助泥作などと言う、同じ様に放蕩な甥孫が有ったけれど、何(いず)れも死んで仕舞い、今ではお沼とか言う腕八の母一人で、実は其の母の権利を継ぐ腕八一人だと言う事だ。」

 黒「成るほど、夫(それ)で彼腕八奴が一層此の秘密袋を目掛けるのだ。」
 縄「待て、待て、先(ま)ア下を読んで見よう。」
 「爾(さ)れども前に記す様に妾は里方から何の恩をも負って居ない。又其の姪孫、甥孫などの中に妾の気に入った者は一人も無い。彼等は皆妾を嫉(ねた)み、妾の事を悪し様に言い触らし、時としては妾を殺そうとさえ企(たくら)んだ者共である。依って妾は一切彼らを勘当する。妾が死んでも軽嶺家の身代は塵(ちり)一筋さえ里方の血筋の者に与えてはならない。」

 黒兵衛は思わず手を拍(う)ち、
 「愉快、愉快、是では腕八は塵一筋も得る権利は無い。此の夫人は中々知恵の有る人で、腕八の気質などもとっくに見抜いて居たと見える。」
と非常に気持ち好さそうに叫んだ。



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