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武士道 一名「秘密袋」   (扶桑堂書店刊より)(転載禁止)

ボアゴベイ作  黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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 武士道上編 一名「秘密袋」              涙香小史 訳

               第七十七回

 不動産を金貨に代え、更に之を安心な場所に隠して有りと云う薔薇(しょうび)夫人の用心には縄村中尉も黒兵衛も殆(ほとん)ど呆れるばかりに驚き、それにしても其の安心の場所とは何処(どこ)だろうと更に下文を読み下す。

 「妾(わらわ)が金貨を隠して有る安全の場所は妾の外に知っている人唯一人あり。其の人は又と得難い正直者として妾が最も信を置く人である。その人に妾は詳しく何もかも云い付けて有るので、妾が死んだ時はその人必ず金貨の在る場所を小桜伯爵に告げ知らせるだろう。若し妾の死ぬ前にその人が死ぬ様な事が有れば、その人必ず自己の死際に別の方法を設ける筈である。

 その人とは幼い頃から軽嶺家の水領番人を勤める浦岸次郎という者である。此の人は浦岸老人と称せられ、緑湖の傍らに在る番小屋に住んで居る。
 軽嶺家の財産中、妾が売り残して今も尚、不動産の儘(まま)に存するのは緑湖と其の周囲の地面だけである。此の湖も此の地面も弥生の相続すべきことは勿論である。」

 妾が死んだら右の浦岸老人から必ず妾の死を小桜伯爵に通知することだろう。通知に接して伯爵は自ら浦岸の許(もと)まで出張するか、又は浦岸を呼び寄せるかして、必ず同人より金貨の所在を聞き、無事に弥生に相続させて欲しい。金貨の額も浦岸が能(よ)く知っている。同人は妾が細かに記した帳簿まで持って居る。」

 本文は之だけである。黒兵衛は気短かく、
 「何だ読んでしまっても其の場所は更に分から無い。本当に人を馬鹿にした遺言だ。中尉、貴様は何と思う。」
 中尉は黙然と考えて見て、かって弥生と共にべントの獄からり逃げ去る時、図らずも此の浦岸老人の許(もと)に立ち寄った事がある。其の時老人は頻(しき)りに小桜露人の居所を問い、勤王軍の営に行ったら必ず露人を此の所へ来させて下さいと頼んで居た。是は疑いも無く、薔薇夫人が死んで、此の人は小桜伯爵に金貨の所在を通知しなければならない大事な時と為ったが、小桜伯爵が既に死んだ後である為、其の息子である露人に告げ知らそうとして、露人を求めて居た者に違い無い。

 更に彼は熱心に弥生と云う女の事を問い、弥生が其の女は私である答えるのを聞き、非常に驚き、少しの間でも弥生を引き止めようとし、話さなければならない事があると絶叫し、更に其の到底引き留める事が出来ない場合であるのを知るや、然らば軍(いくさ)が終わり次第必ず此の所へ来るようにと言って中尉にも弥生にも迫り、固く約束させた。

 中尉は殆(ほとん)ど此の約束を忘れて居た程であるが、今は其の時の有様を悉(ことごと)く思い出し、老人の言った事、一々此の遺言状と相応するのを見、遺言にも老人の言葉にも一点の偽りの無い事を知ったので、黒兵衛に向かって詳しく当時の事を語ると、黒兵衛も非常に驚いた。

 「オオ、今時にその様な事を託せられ、主人の命を厳重に守って居る正直な人が有るのか。どの様な奴だか俺は見たい。」
と云う。
 縄「見たいと云わなくても今に見る事となるワ。我々は最早其の老人に会いに行く以外方法は無いから。」

 黒「イヤ其れは爾(そう)だが、俺は今此の土地を立ち去る事は、梅田嬢の為に甚だ心配だ。既に捜索騎兵まで此の土地に入り込んだ所を見ると、共和政府が多少此の土地へ目を付けて居るのは確実だから、或いは梅田嬢までも捕らわれて、弥生嬢の様に南都の獄へ送られる事と為るかも知れ無い。如何(どう)か暫く此の土地に居て嬢を守って居たい者だがーーー。」

 縄「馬鹿な事を云う、貴様が嬢の傍に居ればそれこそ疑いを引く元だ。共和政府では貴様をこそ探し求めているが、梅田嬢などと言う少女の有ることさえ知ら無いから、貴様が居なければ、嬢に疑いを掛ける筈は無い。嬢を守護する第一の方法は貴様が茲(ここ)を立ち去るのに在るのだ。」

 道理ある説を聞き、黒兵衛は全く合点し、
 「では嬢を残して此の所を出発し、兎にも角にも緑湖まで行く事に仕よう。」
と云う。この様な所へ腕八は食事を終わって返って来て、
 「中尉、秘密袋の中には何が有りました。」
 中尉は、

 「思った通り薔薇夫人の財産処分方を定めた遺言状が有ったのサ。」
と云い、唯夫人が、
 「里方の者には塵(ちり)一筋も與(あた)えるな。」
と記した文句だけを示し、次に、
 「弥生を相続人と為す。云々(しかじか)」
の文句を示し、最後に、
 「金貨は安全なる場所に隠してあり。云々(しかじか)」
の所を示すと、腕八は喜怒様々の色を為し、終に、

 「その様に少しづつ示さずに約束通り金貨の在る場所を知らせてください。」
 縄「イヤ今夫を知らせては貴様が先に廻って悉(ことごと)く奪い取る恐れがある。是から一緒にその近辺まで行き、俺が安全と認める場合に、安全と認めるだけづつを知らせて遣る。
 腕「シタが其の場所はグランビルの近辺ですか。」

 縄「サ、夫人はグランビルに住んで居て、少しも遠出をしない人で有ったから、どうせグランビルの中には違い無い。」
 腕「では直ぐにグランビルを指して出発しましょう。」



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