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武士道 一名「秘密袋」   (扶桑堂書店刊より)(転載禁止)

ボアゴベイ作  黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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 武士道上編 一名「秘密袋」              涙香小史 訳

               第八十二回

 留守番勝ちな海軍士官を所夫(おっと)とする夫人が、時に婦道を誤る例は今の世にも稀には有る所ではあるが、特に薔薇(しょうび)夫人は氏も素性も無い身で唯侯爵夫人と言う得難い位置に出世しようとの一念の為、自ら愛しもしない人に嫁いだ者なので、所夫(おっと)の恩を仇にして密夫を作ったと言うのも深くは怪しむに足り無い。

 浦岸老人は話を継ぎ、
 「イヤこの事は貴方がたには聞かせたくは有りません。けれども聞かせなければ私の努めが済ま無いのです。唯最(も)う有った儘(まま)の事を申しますが、密夫と云うのは、中尉よ、貴方の大伯父に当たる縄村海軍大尉です。」

 中尉も薄々は人の噂に我が大伯父が薔薇夫人の許(もと)へ出入りし、人の口端に上った事などを聞いて知っていたので、今更怪しみもせず、此の物語の中に自然と弥生の身の上も分かる事だろうと無言で聞き入るだけ。

 浦「貴方の大伯父は義勇艦艇海王号の艦長で、英国との海戦に非常な戦功の有った人ですので、到る所で大尉よ大尉よと持て囃(はや)され、殊に容貌も立派な方ですので、貴婦人社会に取り分けて大騒ぎをされました。今でも大凡は同じ事ですが、其の頃の海軍士官は貴婦人達に騒がれるのを名誉とし、艶聞の無いのを恥の様に思って居た程で有りますから、品行の極宜(よろ)しい人は少なく、何時国の為に戦死するかも知れ無い身ですから、無事の時には出来る丈の快楽を尽くすのが好いと何(いず)れもこの様に心を持っていたのです。

 この様な時代ですから、貴方の大伯父も初めは唯一通りの交際で軽嶺家を訪問する位でしたが、何時しか深く深く薔薇夫人に愛せられ、人に噂される程の仲と為りました。併し軽嶺侯爵が家に居る間は夫人も大尉も充分に用心し、一年でも二年でも逢わずに居る様に致しましたから、所夫(おっと)侯爵は少しも悟らず、千七百五十六年から五十八年まで足掛け三年の賜暇(しか)を得て、家に留まって居ましたが、其の間は極めて夫人を大事にし、夫人も何の疑いをも受けない様、身持ちを厳重に致しましたから、大尉との逢瀬も一時全く絶えて居ました。

 丁度此の時に夫人は初めて妊娠と為りましたが、所夫 (おっと)侯爵の喜びは一方ならず、生まれる子が男でも女でも軽嶺家の相続人だからと言って自分で財産目録を作るやら法律家を呼んで、其の子の幸福を保証する手続きを相談するやら傍の目にも嬉しさに耐えられない様に見えましたが、愈々(いよいよ)臨月と為った時に賜暇(しか)の日限が尽き、生憎く又英国の軍艦が此のグランビルの海岸へ押し寄せましたので、侯爵は愛子の生まれるのを見る暇無く、其のまま戦場に出発しました。

 侯爵の出発した其の翌日の夜、夫人は安々と女の子を産み落としましたが、私共は何ゆえマア此のお産がもう一日早く無かったろう、何ゆえ侯爵の出発を一日遅くする事が出来なかったで有ろう、一日の違いで侯爵は始めてのお子様の顔を見る事が出来たのにと酷(ひど)く残念に思いました。

 生まれ落ちた子は、女ならば名を松子と附けよと公爵の言い置きで有りましたから、其の通り名付けて育てましたが、侯爵の留守になって間も無く夫人と貴方の大伯父時縄村海軍大尉との仲は元の通りになり、大尉は殆ど所夫 (おっと)の様に夫人の許(もと)へ入り込みました。

 若し侯爵が帰えられたら如何(どう)なるだろうかと私共は心配して居ましたが、不幸にも侯爵は快船に乗り敵の快船を其の本船まで追い詰めたため、敵の刃に掛り、海の中へ切り込まれまして、名誉ある戦死を遂げた者として其の筋からも弔(とむら)はれました。

 勿論夫人は其の訃音(しらせ)の届いた日から黒い服を着け、喪に服しましたが、喪中でも海軍大尉の出入りを制(と)めず、一年の喪期が済めば直ぐ大尉と婚礼すると言う事が極まっていました。若し此の時に恐ろしい大事件が起こらなかったら、必ず夫人と大尉は夫婦と為ったで有りましょうが、茲(ここ)に一つ思いも寄らない大椿事が起こりました。

 丁度十二月の末で有りましたが、大尉は毎(いつも)の通り夫人の許へ来て、夫人の居間へ夫人と共に夫婦の様に閉込(とりこ)んで居たのです。私は夜に入って一日の用事が済み、自分の番小屋へ帰ろうと思い、侯爵家を出て来ますと、塀の外の薄暗い所に黒い着物を着た人が、立って居て、私の姿を透かし見て、つかつかと進み寄り、

 「コレ、浦岸」
と云い、私の首筋を捕らえました。誰かと思えば
如何(どう)でしょう。戦死した者として弔われている旦那様です。軽嶺侯爵です。



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