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武士道 一名「秘密袋」   (扶桑堂書店刊より)(転載禁止)

ボアゴベイ作  黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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  武士道後編 一名「秘密袋」             涙香小史 訳

               第九十四回

 浦岸老人の語り残した事柄を安田老医が知っているとは何という幸せだろう。中尉を初め一同は全く蘇生した想いがして、是から老医の語り出す所を聞くと、そもそも緑の湖は昔軽嶺家の先祖が初めてこの辺を領地とした頃は、唯一体の沼地だった所で、所々に少しばかりの湧き水があり、湖水と云うよりも寧ろ水溜りと云うべき程に過ぎなかったが、或る時の洪水に、近傍に流れる諸川の水が氾濫して、地勢が自ずから低かった為、此処に注ぎ集まり、自然に大地を堀凹(くぼ)めたものにして、洪水が引いた後も池の様な形地と為り、何時までも水の乾く様子が無かったので、寧(むし)ろ之に人工を施し、一の湖水と為して永く近傍の田地に水を與(あた)えるのが最良だと云い、時の侯爵が土工を起こして今の有様に為したものである。

 だから湖水の一方には、他の川から水を導く導水施設がある。川に水が多い時は、導水管から川水を引き入れて湖水を満たし、又出水等で水の多過ぎる時は咄嗟(とっさ)の間にその水を海へ切り落とす為、海に面した堤の底へ大中小三箇所の排水口を作って在る。この様な用意が有る為、此の湖水はそれ以来日照りが続くとも水乾かず、霖雨(ながあめ)で出水するとも溢れ出るなどの心配が無い。

 だから此の底に沈めて有る大金を取り出すには別に煩わしい手数は要しない。唯上手の導水管を閉じ、下に在る排水口を開けば足りる。排水口の最も小さい者一個を開くと十二時間で此の湖水を空にする事が出来、其の次の中なる者と二個を開けば6時間で乾す事が出来る。

 浦岸老人は夫人から金貨を託せられる毎に、夜の十一時頃から排水口二箇所を開き、凡そ三、四時間ほど経て、夜もまだ開け放なたれず、水もまだ落ち尽くさ無い頃を見計らって、其の金貨を小舟に載せ、湖の中心に漕いで行き、前から沈め有る鉄網の袋の口が水際まで現れるのを待って之を開き、中に金貨を納めて漕ぎ返すのを常としていた。

 この様にして何も彼も夜の中に為し果せる為、そうで無くても人通りの少ない土地の事なので、誰一人その秘密を伺い知る者は無い。若し直お一層事を急ぐ時には、大中小三箇所の排水口を一時に開けば良い。こうすれば僅かに二時間半を以って湖水を乾す事が出来る。湖水の水が次第に落ち、常の水面より三尺(90cm)低くなった頃に、此の小屋から右の方へ二間(3.6m)ほど離れた土堤(どて)の内側に、石で築いた足場の様な者が自然に底から現れ出て来る。

 是は老人が湖水の半ば落ちた時、船を乗り出すのに設けた小埠頭である。其の辺は最も水の深い所なので、湖水の七、八割り落ちた後と雖(いへど)も彼の鉄網の所まで漕いで行き、又其処から漕いで返ることは難く無い。この様にして鉄網を開き船に積み得るだけづつ金貨を取り出せば、舟の往復三、四回で残らず金貨を運んで来る事ができるだろう。

 舟は常に此の小屋の下に繋(つな)いで有る。老人自ら工夫して作らせた者で、用心の為最も小型としたので、二人以上は乗ることは出来ないので、一時に金貨を積んで来ようとすれば、舟は其の重さに耐える事が出来ずに沈むだろう。此の湖水の面は上手に当たる川よりは低く、下に在る海の面よりは高いので、導水管の口も排水口も共に水面の下に在り、外から見た丈では知る事は難しいが、試みに此の土堤を一巡廻って見れば、土堤の半腹に、草の間から白い石が突き出たのが見えるだろう。

 是は導水管の口の記(しる)しで、石の傍の砂の中に、導水管を開閉する道具が埋めて有り、此の石と反対の方角に当たる土堤の際には又黒い石が、間を隔てて三個立っている。是の各々は排水口の上に置いた者である。是を開け又は閉じる道具も石の元に隠して有る。是丈の事をさえ知れば、湖底の金貨は最早取り出だしたのも同じ事である。

 老医の語る所はこの様な事だった。実に是だけの事をさえ知れば薔薇(しょうび)夫人の遺産は全く弥生の手に入った事も同じ事なので、中尉は厚く感謝の意を述べると、中尉と同じ想いで先刻から気を張り詰めて聞いて居た大病人の露人(つゆんど)も、根気が全く尽きた声で、

 「アア、それで安心です。もう思い置く事も有りません。」
と云ったが、此の言葉を最後としてガクリとその首を垂れ、床の面に仆(たお)れ沈んだ。



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