巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2011. 3.25

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

百、「捕らわれているのは何所」

 全く巌窟島伯爵に頼るより外は無い場合である。安雄は直ぐに宿の主人を呼び、伯爵はまだ起きておられるかどうかを聞き、もし起きておられるなら直ぐに面会の出来るように計らってくれるよう頼んだ。主人は了解して退いたが、間もなく帰って来て、「伯爵がお待ちです。」と伝えた。安雄は直ぐに武之助からの手紙を持ち、主人の後について行った。

 いつも伯爵に会う部屋とは違い、安雄にとっては初めての一室である。見るとここが書斎だと見え、その真ん中に伯爵が座し、ランプの下で一心不乱の様子で何か書類を調べている。安雄は少し驚いた。今までこの伯爵をば、贅沢のほかに余り芸の無い一種遊惰の金満家たるに過ぎないようにも思っていたが、この夜更けまで一人調べ物に従事しているとは、遊惰の裏面に又非常な勤勉を包んでいると見える。

 それにしても何を調べているのだろうと、見ない振りで覗いて見ると、綿密なパリーの地図である。自分で製図したのか、人に作らせたのか、兎に角、出版になっているものでは無い。更に良く気を付けると、四方の壁に隙間も無いほど同じような綿密な地図が掛かっていて、しかも余ほど良く調べたと見え、所々に朱やその他の絵の具をもって種々の記号を書き入れてある。

 大将軍や大軍師が国を攻める作戦計画でもこうまで綿密な注意は出来ないであろう。このように安雄が感心する様子を見て、伯爵は笑いを帯、「商売でも事業でも真に抜かり無く手段を尽くそうと思えば、どうしても地図の調べが肝心です。」と、あたかも、自分が商売のために地図を調べているかのように言い訳をした。この弁解らしい言葉が果たして事実であるかどうかは今安雄が想像出来るところでは無い。
 安雄は人のことよりも、自分の用事に返り、「夜更けにこの様に面会を願いましたのは野西武之助が非常な災難に会いましたので、―――もっとも自分で招いた様なものでは有りますけれど。」
 伯爵は驚いて、「エ、野西子爵が災難、とはどの様な」
 安雄;「鬼小僧という山賊に捕らえられて、今ひどい目に会っている様子ですから。」と言いながら、彼の手紙を出して示した。

 伯爵は無言で読み終わり、「なるほど、鬼小僧はひどいことをする。四千円の身請けを寄越せと言うのですね。失礼ですが今それだけのお持ち合わせがお有りですか。もし無いならーーー」と極めて安雄の言い出しやすい様に道を開くのは、何処まで親切な人か分からない。

 安雄;「有るには有りますが、五百円ほど足りませんので、」
 伯爵は皆までは言わさない。直ぐにそばの引き出しを抜き取って、「サア、この中からご入用だけお持ちください」と言って差し出した。中には金貨と銀行券が数が知れないほど重なり合っている。そうしてなおも言葉を継ぎ、「この様な場合に、貴方が第一に私にご相談下さらなければ、私は残念で仕方が有りません。」

 安雄;「勿論、誰のところにも行かず、第一に貴方の所に参ったのです。しかし私は金銭の助力を請うためではなく、貴方が交渉してくだされば、身代金を出さずに、ことが済みはしないかと思いましたので。」
 伯爵は何の意味かと不思議に思うように、無言で安雄の顔を眺めた。

 直ぐに安雄は、「イヤ、鬼小僧は非常に貴方に恩を受けているようですから、貴方が口を利いて下されば。」
 伯爵は謙遜のように、「イイエ、私は人に恩と言う程の恩を掛けた事は有りませんが。」
 安雄;「ハイ、貴方の方では恩と思いなさらなくても、先方では深く恩に感じているでしょう。例えば、過日彼の手下のあの日比野という者を助けておやりなさった件なども、」

 伯爵は驚き怪しんで、眉を顰(ひそ)めた。「エ、私が日比野を助けてやったなどと、どうして貴方がそんな事までご存知です。」 安雄;「如何してでもよろしいでは有りませんか。兎に角、知っているのですから。」

 伯爵はこの秘密を知られたのを驚きこそすれ、あえて迷惑に感じる様子は無い。「私は人を助けたからと言って、その恩を言い立てて、その人から報酬を受けるに類する行為をするのはあまり好みません。日比野を助けた事なども鬼小僧の頼みによったわけですけれど、自分でなるたけ忘れたいと思っています。しかし、野西武之助君を救うためにはその様な事も言っては居られませんから、直ぐに私がその捕らわれているところに出かけて行きましょう。」

 安雄;「では私も同行いたします。何か、ピストルのようなものを持って行きましょうか。」
 伯爵;「イヤ、力ずくではとても彼に勝つことは出来ませんから、利器も金銭も要りません。しかし、武之助君が捕らわれているのは何処ですか。この手紙には有りませんが。ハテな、手紙を持って来た使いに聞けば分かりますね。使いは今、貴方の部屋にでもいるのですか。」

 安雄;「イイエ、彼は外にいるのを安全と思う様子で、この前にたたずんでいるのです。」
 伯爵;「では、ここに呼び上げて、聞きましょう。」と言い、直ぐに窓を開いて顔を出し、異様に口笛を吹き鳴らした。前から決まっていた合図と見え、この声に応じ、しばらくして階段を上って来た男の顔、よく見ればあの先の日、死刑台から降りて去った日比野という奴である。

第百終わり
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