巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2011. 3.29

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

百四、「五月二十一日」

 いよいよ伯爵がパリーに乗り込む約束の五月二十一日とはなった。野西武之助は約束通り、伯爵を待ち受けるため数日前から、それぞれ用意万端整え、今日はもうすべきこともないので客間の次の間に座り、テーブルの一方に時計を置き、これを眺めながら新聞紙を読んでいる。

 時計は十時少し前である。伯爵が来着するまでもう一時間とは無い。「伯爵は非常に時間に厳格な人だというが、ローマから旅をして、本当に約束通り十時三十分に来るだろうか。若し来たなら、本当にあの人は何事も自分の思う通り、寸分も違わずに実行する人だと言わなければならない。全くの豪傑だ。」

 呟きながらも目は更に新聞紙に注いだが、何か目に留まった事があると見え、ニッと微笑んだ。「おやおや、俺のことを出してあるわ、どうして探るのか中々早いものだなア。」と感心の様子で読み下した。その記事は、「子爵野西家の長子武之助氏と男爵段倉家の長女夕蝉嬢との間に結婚の内約がほぼ出来たと聞く。更に又、いよいよこの内約が進む時には、夕蝉嬢の父段倉男爵より嬢に百万フラン以上の婚資を附することになるだろうと言う。」とある。

 武之助は別に嬉しそうでも無い。「ナニまだ名内約というほどでもないのだ。しかし出来たと言い切らずに、ほぼ出来たと書いてあるだけ。先ず事実を得ているというべしだ。」
 一人批評するところに上って来たのは給仕係である。「膳部その他は残らず用意が出来ました。外に御用は有りませんか。」

 武之助は先ず「ない」と言って行かせかけたが、又呼び止め、「そうだ、お母さんとお父さんに、こう申しておいてくれ。前からお話申したローマの恩人が多分今日は来るはずですから、午後になったらここへ来てどうかお目にかかってくださいと。」
 武之助の父母と巌窟島(いわやじま)伯爵がいよいよここでめぐり合うとすれば、どの様な事になるだろう、しかし誰でもこの巡り合いを初対面として思う人は居ない。

 給仕係が心得て退いた後へ、入って来たのはこの日の来客の一人、当時の内閣官房長出部嶺男爵である。この人の私行上には薄々多少の非難が無いでもなかったが、兎に角社交界に有数の人で、特に貴婦人社会から大騒ぎをされていた。それもそのはずである。年は三十四、五、顔は非常に美しく、衣服着飾りも全く流行の最先端を集めた特注品である。

 武之助は非常に親しそうにこれを迎え、「イヤ、いつも案内の時刻より三十分以上は遅れ、人をじらして置いて現れるのを戦略としている貴方が、時間前においでとは実に意外です。出部嶺男爵は額を押さえ、「イヤ、昨夜諸国の公使へ重要な通信を発するのにほとんど徹夜して、今朝は頭痛に耐えられないから、気を転ずるために来たのです。しかし、今日の来客は。」

 武之助;「極選りすぐった五、六人です。ですが、昨夜その様な通信などなさるとは又内閣の動揺ですか。」
 出;「いいえ、幾らこの頃の内閣が早く倒れるといっても、組織以来まだ二カ月に足りません。通信は既に新聞にも出ているから、もう秘密では有りません。スペインの革命党の首領ドン・カーロが捕らわれた件に関してです。」
 武之助;「それならばきっと株の相場にも変動があるでしょうね。」

 出部嶺;「イヤ、株屋などと言うものは、どの様な耳を持っていますか。政府と同時にこの事を知り、既に段倉男爵などは一昨日から今日までに百万円以上儲けました。オオ、段倉男爵といえば貴方の未来の岳父ですから、段の利益は嬢の婚資にも必ず好影響を及ぼすでしょう。これは貴方のために祝さ無ければなりません。アハハハハ。」打ち笑って冷やかすように言えば、こっちも同じく冷やかすように、

 「私よりも貴方こそ、段倉夫人と共にうまい儲けがあるでしょう。」何の事だか分からないけれど。出部嶺は少し顔を赤らめ、「イヤ、貴方まで世間の風評を信じては困りますよ。」と真面目に弁解するように言った。

 この所に又一人、社交家としては少し無骨に過ぎるかと思われる三十格好の紳士が来た、武之助は立ってこの人を出部嶺男爵に引き合わせた。「こちらは当時、有名な急激新聞の主筆記者猛田猛(たけだたけし)氏です。」
 流石に社交家だけに出部嶺男爵は早くも親しさと敵意を上手く加味して、

 「アア、貴方が猛田猛氏ですか。私は貴方の新聞を読まずに嫌っている一人です。」がといえば、猛田も同じ調子で、「それは五分五分です。私もお目にかかったこと無しに貴方を攻撃しているのですから。」
 出部嶺;「しかし、猛田さん、貴方の筆力をもって我々の党派に賛成して下されば、それこそ貴方は富貴栄達意の儘です。」

 猛田;「私の賛成を得るためには、どうか先ず貴方がせめて六ヵ月は続く内閣を組織してください。」
 出部嶺;「イヤ、そういわれては一言も有りません。」と早や座論に花が咲きかけた。

第百四終わり
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