巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2011. 3.30

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

百五、「森江大尉はこの人です」

 現内閣の官房長官と反対新聞の主筆記者とを招いたのは、異様な組合わせである。出部嶺はその異様さに気が付いたか、猛田(たけだ)との話が少し途切れると直ぐに武之助に向かい、「今日はまだ外にーーー誰と誰が来ます。」と聞いた。武之助「砂田伯爵と陸軍大尉森江真太郎氏です。」

 異様ではあるけれど、武之助の考えは分かっている。政治、文学、社交の三界から代表者とも言われるほどの流行児を選び集め、それに軍人を一名加えたのだ。巌窟島(いわやじま)伯爵をパリーの社交界に紹介するための小宴としては最も適切な人々だ。

 ただ軍人社会からなぜ森江真太郎を選んだのだろう。森江の姓、真太郎の名は、その父であるマルセイユの船主森江良造の姓名と共に読者の覚えている所である。この人は軍人中の社交家であろうか。いや、決してそうでは無い。ただこの人がこの頃アフリカで、自分の命を顧みずに人の命を救ったという最も優れた行いが有った為、目下いたるところで評判になっており、一時の英雄と立てられているから、それで招待したのだ。
 特にその助けられた本人が同じく招かれている砂田伯癪その人である。伯はアフリカの旅行から帰って以来、自分が森江大尉に救われた話を非常な珍談として社交界に繰り返している。

 時計が十時を二十分ほど過ぎた頃、外から馬車が着いた音が聞こえた。そうして直ぐに階段を上って来る二人連れの足音は砂田伯と森江大尉である。伯の顔は誰にも知れているけれど森江大尉の顔は知らない人が多い。伯はこれを一同に紹介するように、「私がアフリカの内地で六人の現地人に捕らわれ、首を絞められている所に、単身で飛び込んで、六人を投げ倒し又蹴散らして、アルジェリアへ帰るまで三日の間、自分は食べずに私を養ってくれた森江大尉はこの方です。」

 森江は極まり悪そうにただ首(こうべ)を垂れたが、一同は今更感心したように勇士の非常に謙遜した顔を眺めた。
 武之助は更に一同に向かい、「今日私は諸君に紹介致します珍客も矢張り人の命を助けた方です。その助けられた本人は即ちこう申します武之助です。」
 一同は驚いた。その中で一人猛田猛は一度その話を聞いた事があると見え、「オオ、ローマで山賊の洞穴から貴方を救い出したという巌窟島伯爵とやらですか。」

 砂田伯爵は眉をひそめ、「ナニ、巌窟島伯爵、その様な伯爵は何処の貴族名鑑でも見たことが無い。」
 武之助;「けれど貴族であることは一目見れば分かります。」猛田は語を添え、「イヤ私は武之助君からその話を聞き新聞に出そうと思い、ローマの方にも問い合わせましたが、武之助君が鬼小僧という山賊に捕まった事もその巌窟島伯爵が救ったことも皆事実です。特に巌窟島伯爵というのはよほどの勢力がある人と見え、東方ではこの頃非常に評判だという事です。」

 砂田伯;「イヤその様な人ならば是非お目にかかりたい。しかしどうも巌窟島というのは聞いた事が無い家筋だから、」
 武の助はローマに立つ時に毛脛安雄から様々な事を聞いている。「イヤ巌窟島というのは地中海にあるモント・クリスト島のことで、この頃その伯爵がその島をタスカニーの政府から買ったそうです。」

 伯:「はてな、あのような岩ばかりの島では領地とするには足りないはずだが。」
 武之助;「ところがその島の巌窟の中に非常な宮殿を作り、各国の帝王も羨む程の贅沢を尽くしていると申します。そうして人をその中に入れるには、入り口の秘密を知られないようにするため、目隠しをして連れて行くそうですが。」

 伯;「それではまるで昔話に有る人だ。」
 今まで無言でいた森江大尉も何か思い当たる事があるように、「アアその様な話は私も老水夫奈良垣という者から聞きました。何でもモント・クリスト島の巌窟の中に、入り口が分からない宮殿を建て不思議な贅沢をしている人があって、どうかするとその辺を航海する船長等が連れ込まれて接待を受けるとか聞きました。」

 自分の命を救われた森江の言葉に砂田伯は初めて信じたように、「イヤ、貴方がそう言えば間違いは有りますまい。それは実に珍しい人にお目にかかる。しかし野西子爵、その方は何時に来ます。」 武之助;「十時半に来る約束です。」
 伯;「何処から」
 武之助;「ローマからです。」
 伯;「ローマからではそう時間まで当てにする事は出来ないでしょう。」

 武之助;「通常の人なら出来ませんが、巌窟島伯爵だからできるだろうと思います。何でも人間の力に及ばない事をする人です。」
余り披露が大げさな為一同は笑みを催した。
 砂田伯;「しかし今が丁度十時半ですよ。」
 声と共に時計は十時半を報じた。その響きのまだ消えないうちに、取次ぎの者は、「巌窟島伯爵がお見えになりました。」と報告した。

 一同振り向いて入り口を見れば、何処からどうして来たのか、馬車の音、階段を登る音もせずに、顔の色の青白い一紳士がこの部屋の入り口に立っている。これが巌窟島伯爵だとは、一同の胸に誰に聞かなくても浮んだ。

第百五終わり
次(百六へ)

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