巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

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gankutu119

巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2011. 4.13

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

百十九、「衣嚢(かくし)に小犬」

 毛太郎次が珠玉商人(たまあきんど)を呼んで来たその夜、折りしもこの春田路がその家に忍び込んでいたとは、なるほど迷信の深いコルシカ人の常として、神の引き合わせのように思うのも無理は無い。或いは全く神の引き合わせかも知れないのだ。

 春田路は額の汗を拭いながら言葉を継ぎ、「真に伯爵、この時のことは今思い出してもゾッとします。小説にも無い奇談ですよ。丁度私の隠れている所から、その部屋の様子が分かりますから。私は珠玉商人(たまあきんど)が立ち去ったら直ぐに自分の身を現わそうと思い待っていますと、段々様子も分かりましたが、実に意外です。

 その日の昼間にイタリアの暮内法師というのが、突然毛太郎次を訪ねて来て、何処かの獄で牢死した団友太郎と言う者の形見だと言って5万円(現在の3億5千万円)からの値打ちのある大きなダイヤモンドを毛太郎次にくれたそうです。それをその後で、もしや贋物(にせもの)ではないだろうかと疑い、毛太郎次自身でボーケアの珠玉市場に持って行き、鑑定させた上、その値で買い取ると言う商人を連れて来たのです。

 その時の彼毛太郎次の喜びは非常なもので、直ぐに妻を二階から呼び降ろします。妻は血の道(夫人病)の病人と言うことを忘れ、無病の人よりもまだ軽々と二階の寝床から出て来ます。それはそれは大変な状況でしたが、珠玉商人は妻に向かい、これ程の品がお前たち夫婦の手にあると言うのは怪しいから、夫婦の口がすっかり合わなければ買い取られない。既に夫の方のの言い立ては聞いたから、更にお前の言いたてを聞くためここに来たのだ。

 サア、この品がどうしてお前たちの手に入ったのかそれを聞きたいと言いました。妻は澱(よど)みもせず夫の古い友達に団友太郎と言う者が有った事から、今日暮内法師が訪ねて来た一部始終を事細かに述べましたが、これで商人は初めて認めが付いたと見え、それでは買おうと言う事になり、夜の八時頃にようやく取引が済みました。その時の夫婦の喜びはくだくだしく申し上げませんが、余りの嬉しさにいくらか気が狂っていたかと思います。

 取引の済んだ後で、商人は今自分の払った金を多分いくらか取り返す手段でしょう。自分の持っている行李(こうり)の中から、女が欲しがるような頭の飾りや襟飾りなど沢山出して見せました。妻は目を光らせて、これが欲しい、アレが欲しいとおよそ二百円ほどの品を買うことになりましたが、それでも五万円という大金をせめて一夜はそのままで持ってみたいと言い、あくる日あらためて来てもらってあらためて買い取ろうと言う事に相談が決まりました。

 そうして商人が帰り去ろうと致しますと、この少し前から天気が変わっていましたが、大雷、大雨に風までも加わって中々外へは出られないほどの凄まじい夜になりました。
 「雨風の音を聞いて、夫婦は何か考えを変えたと見え、しきりに商人を引き止めて、一泊をすすめ、このような夜は物騒だなどと注意しましたが商人はあざ笑い、ナニ私のポケットには吼えるのと噛み付くのとを一度にやることが出来る偉い子犬が隠れているから追いはぎ《辻泥棒》などは恐れるのには足りないと言い、短銃を出して見せ、これこの通りだと言って立ち去りました。

 「後に妻は異様な目をして夫のの顔を見、「お前は本当に意気地がないよ。私がもし男なら、決してあの商人を帰しはし無い。」と言いました。毛太郎次は考えながら、「今更そんな事を言ったって仕方が無い。」と答えました。「ナニ、帰ったと言ったって近道を行けば先に回ることが出来るじゃないか。」「出来ても今見た子犬が、吼えると一緒に噛み付くから、その様な事は出来ない。おれは正直であればこそ暮内法師にこの福を授かったではないか。」

 「ヘン、正直、表向きは宿屋と見せて、禁制品の贓物(ぞうぶつ)《盗み取った品》を買い、時々は夜の二時、三時という頃、持ち主の知れない金を拾ってくる人が、他人に向かっては兎も角、妻に向かってよく言われる。今アノ商人が持って行ったダイヤモンドだけでも取り返せば、五万の金が十万になるではないか。」言葉の終わらないうちに、強く外から戸を叩く者がありました。

 「夫婦も驚いた様子でしたが、私はなお更驚きました。これはてっきり、税関吏と憲兵とが、私をを追跡してここにいることを突き止め、捕縛のために来たのだと思い、もう逃げられないと覚悟しました。ところが、そうではなく、「さっきの珠玉商人(たまあきんど)だ、ここを明けてくれ」と言うのです。夫婦は又も顔と顔を見合わせて戸を開きましたが、珠玉商人は、とても暗くて、道が分からないから引き返えして来た。一夜はここに泊めてもらうことにしよう。」と言って、入ってきました。

 これから二人が商人をもてなしたことは大変なものでした。床の下からぶどう酒を出して来るやら、冷たい肉をあぶりだすやら、何でも散々に飲ませ酔わせたようでした。この様な事で私はついに顔を出す機会を失い、直そのまま隠れているうち昼間からの疲れに、いつの間にか眠ってしまいました。何時間眠ったか、自分では覚えていませんが二時か三時の頃でも有りましたろう。自分の頭の上に当たる二階の一室と思われる辺で、轟音一発、ピストルの音がしました。その音で目が覚めました。

第百十九終わり
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