巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

gankutu121

巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2011. 4.15

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

百二十一、「神の言葉」

 「オオ、兄嫁阿浅(おあさ)も、蛭峰の私生児弁太郎も、何か意外な災難にでも会ったのか。」と伯爵は静かに聞いた。春田路はほとんど鳴き声となり、「お聞きください。私は暮内法師に救われると、直ぐにコルシカに立ち寄りましたが、家は焼けてしまって、焦げた地面だけ残り、そこへ村人が集まって、一個の死体を棺に納めているのです。これが阿浅(おあさ)の死骸です。村人どもは私の姿を見て、お前が1週間早く帰ったならこの様な事も無かったろうにと口々に悔やみました。

 良く聞きますと、弁太郎が他の悪友達と共に阿朝を縛り、へそくり金を出せと言い、様々に責めて責め殺し、そうしてわずかばかりの品物や有り金などを引っさらって、跡に火を付けて逃亡したと言うのです。その悪友達は直ぐに捕まり白状して刑に服しましたが、弁太郎だけはそれ切り何処へ行ったか、今もって分からないのです。

 私は泣く泣く阿浅を葬って、そうして貴方の元へ上がったのですが、こんな恐ろしい事が又と世の中にあるでしょうか。私は思いました。これも全く蛭峰を殺した報いである。蛭峰の私生児が父の仇(かたき)を私の兄嫁に返したのだと。ハイこう思い出してから私は自分の過ぎ越し方が恐ろしく、どうしても人間は善でなくてはならないと感じ、時々心で蛭峰の霊に向かい謝罪の祈りを奉げていました。

 それなのに今夜丁度、このその蛭峰を殺した場所に立ち返ることになったとはよくよくの事です。或いはこうして私が立っているこの足の下にも、蛭峰の死骸が埋(うず)まっているかも知れません。オオ伯爵、早く私をこの家から連れ出してください。ここに落ち着いている心は致しません。逃げる事ができるなら逃げてしまいたいと思います。」

 真に逃げ去ろうとするほどの様子である。伯爵は少しも騒がない。「コレ、春田路、それはお前の迷信と言うものだ。よく聞け、この世のことは善も悪も、罪も報いも、すべて神の配剤から出るのだ。果たして蛭峰がそのまま死んだのか、或いは生き返ってまだこの世に生き長らえて居るのか、それは分からないが、彼は短剣で刺されるだけの罪が有ったので神がお前の手をもって刺させたのだろう。

 よくは知らないが蛭峰と言う人は中々の悪人と言う事だから、お前に刺されただけで果たして罪が滅びたか、イヤ、恐らくはまだ滅びないだろう。滅びないとすれば、他日又誰かの手をもって更に相応の罰を与えるかも知れない。何もお前が彼を恐れ、この家を恐れるには及ばない事だ。神は悪をもって悪を打ち、毒をもって毒を攻める。

 更にかの弁太郎のごときも実に珍しい悪人ではあるが、必ず神の手で他の珍しい悪人を懲らしめる為に使われる事があるだろう。今は行方が分からなくても、いよいよ神が彼を必要とする場合には、彼が何処からか現れてくるかもしれない。この辺の理をよく考えれば別に恐れ慄(おのの)くことも無いだろう。俺なども不肖ながら、悪を懲らしめて善を勧める神の道具に使われれば、それほど有り難いことは無いと信じている。」

 何となく伯爵の言葉は、神の言葉の様である。弁太郎がまだ生きていて、今何処にいる事から、他日どの様な場合に現れるかまで知っているように聞こえる。春田路は深く感じて、「なるほど、私のような者でも、蛭峰の悪を罰する道具に使われたのなら、今更恐ろしくは有りません。」と答えた。けれど、まだ十分には恐れが消えないようである。

 伯爵はこれより更にこの家の全体を見回して改築や修繕の事につき春田路に詳しく指示を与えた後、エリシー街の本邸に引き上げた。この時は夜の十時過ぎであった。

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この日は伯爵がパリーに着いた第一日であるのに、朝の十時半から夜の十時後まで間断無しに働いて、ほとんど他人が1週間もかかるほどの仕事をしている。実に驚くべき根気である。翌日からはどれほどの仕事をするだろう。

 しかし、まだ伯爵のこの日の用事はこれで終わりでは無い。本邸に着くと共に、又もその改築を見回った上で、多少の指図をし、更に黒人アリーを呼び、「今から一時間の後、この家に鞆絵姫(ともえひめ)が着く事は既に知らせておいたが、姫の居間、寝室ともに俺の指示した通りに出来ているのか。」と聞き、アリーが肯(うなず)くのを待ち、更に、「それから、今まで姫に付いている女中のほかに、パリーの女を三人、腰元として雇って置くように命じたが、それも好いのか。」アリーは又肯いた。

 伯爵;「パリーの女が色々な事を聞きたがり、姫の寝る時間を妨げてはならないから、その様な事がない様に、そして又ギリシャから来ている女中とパリーの女中と、決して雑談などしない様に、すべてお前が取り締まれ。」アリーは一々承知して退いた。

第百二十一終わり
次(百二十二)

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