巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2011. 4.28

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

百三十四、「垣の此方と彼方」

 真太郎;「難しくなったとは」華子;「毛脛安雄さんが遠からずイタリアから帰ってくるという事です。今朝お父さんが私にそう言いました。果たして彼が帰国すれば直ぐにも日を取り決めてそなたと婚礼を行わせるからその積もりで居るようにと。」

 真太郎は熱心に、「その様な事にでもなったら私は死んでしまいます。」華子は慌てた口調で、「その様な短気な事を仰(おっしゃ)ってはいけません。どの様な事が有っても私はあの方と結婚などしませんから。」
 真太郎:「でも父上がその様に決心していれば」
 華子;「父は決心していても、いよいよと言う時にはお祖父さんが私の肩を持ってくれますから。」

 真太郎;「エ、お祖父さん。とは昔の有名な野々内弾正ですか。」
 華子;「ハイ」
 真太郎;「どうしてその人が貴方の肩を持つことが出来ます。久しい以前から中風で全身不随となり、年中貴方の介抱を受けるばかりで、口も利けなければ、声を発する事もできないとか言うではありませんか。」

 華子;「それでも何、私から話をすれば眼で返事をする事が出来ますよ。今朝も私は父に言葉を聞き、どうすればよいだろうと自分の考えに余りましたから、隠居所に行きお祖父さんに話したら、お祖父さんは少しも心配そうな目つきをしないのです。イイエ、体が利かないだけに、全ての働きが目に集まったのだと医者が言いますが、本当にそうですよ。喜びも悲しみもその他心配や安心などを全て目に表します。それだから私は聞きました。お祖父さん、いよいよ私が毛脛安雄さんと結婚しなければならないようなことになったら貴方はソレをさえぎり止めてくださることが出来ますかと。お祖父さんの目はまばたきで然りと答えました。それで私は、森江真太郎と夫婦になることが出来るでしょうかと又聞きましたら、又叱りと答えました。」幾ら何んと問い、何んと答えたにしても、全身不随で声さえ発しない人が、どうしてその様な事ができるだろうか。

 真太郎;「お祖父さんが請合ったのを、貴方は当てになると思いますか。」
 華子;「当てにならない程の事なら決してお祖父さんは然(しか)りとは答えません。それに又お祖父さんは非常に貴方を可愛いと思うと見え、私が貴方のことを話しすればいつも眼を光らせて喜びます。」

 真太郎;「ソレは多分、私の父良造が昔マルセイユで共和党の首領を勤め、パリーの共和党首領野々内弾正の随一の子分のように思われていた為でしょう。それにしても華子さん、貴方はなぜお祖父さんに打ち明けるように父上に私のことを打ち明けないのですか。私はお祖父さんの請け合いだけでは安心が出来ませんから、貴方がもし父上に打ち明ける事が出来ないなら、どうか私を直々に父上に御会わせください。何度も私はそう思いますが貴方がお止めなさる為今まで我慢して来ましたが。」

 華子;「いけません。いけません、父に貴方の名を言えばどれ程腹を立てるか分からないのです。先日も新聞に、貴方が大尉に昇進した記事が有ったら父は嫌な顔をして、エエ、共和党の息子がこのように出世したと憎そうに呟いたほどですもの。それですから私は、父へは少しも知らさずに先ず気長に待ってくださいと言うのです。その内には何とか好い機会も来て、自然と穏やかに行くことにもなるでしょうから、どうか急がずに、そうして全くこれで絶望だという時までは私に任せて置いてください。私とお祖父さんとに。」

 これだけの言葉で見れば、真太郎と華子との中は好く分かる。隣同様の所に住んでいるために、若い同士が、何時しか誠を明かしあう間とはなったけれど、世間に幾らでもある通り、女の方に親と親の定めて置いた許婚の男が有って、どうしようもない妨げとなっているのだ。

 真太郎はまだ悔しそうに、「一身の生涯の大事を、私は安心して貴方とお祖父さんの手に任せて置く事はできません。」
 華子が答えようとするその時、後ろの方に「お嬢様、お嬢様」と呼ぶ声が聞こえ、続いて侍女らしい女の姿が現れた。二人は垣のこちらとあちらで早くも悟られないように立ち別れたが、そのうちに侍女はそば近くに来て、「一昨日奥様と重吉様をお救いになったとか言う巌窟島伯爵と仰(おっしゃ)る方がお見えになり、奥様が貴方にもお目にかかるようにと言ってお召しです。」と伝えた。

 垣のこちらで漏(も)れ聞いた新太郎は、先ほど投げ捨てた鍬(くわ)を取り上げながら、「アア、嬢の父蛭峰氏がせめて巌窟島(いわやじま)伯爵の十分の一も同情に富んだ人なら好かったのに」と呟(つぶや)いた。

第百三十四終わり
次(百三十五)

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