巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

gankutu159

巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2011. 5.23

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

百五十九、「妻の部屋に飛んで行った」

 小侯爵の馬車よりも一時間ほど先にパリーに帰り着いた馬車が二輌(にりょう)ある。その一輌は蛭峰の乗った馬車で、これは先ず段倉の家の前に着き、中に相乗りをした段倉夫人をその玄関に下ろして置いて去った。この玄関にはこの馬車よりももっと先に騎馬で帰って来た出部嶺が待っていて、馬車から降りる段倉夫人を助け引いて家の中に入った。

 今一輌の馬車は段倉男爵の馬車でこれは矢張り相乗りをしていた皮春侯爵をその旅館へ送り届け、そうして前の馬車より少し遅れて段倉家に帰り着いた。この馬車から降りた主人段倉は何故か異様に顔が曇っている.出迎える僕共には振り向きもせずに自分の居間に引き込み、長椅子に寄り掛かったまま手を組んで考え始めた。

 「どうも一昨日から不思議に運が傾いて来た。伯爵の馳走は立派だったが四百万円からの損失を考えると箸を取る気もしなかった。何だってスペイン公債へあんなに影響を及ぼすような馬鹿げた電報の間違いがあったのだろう。この損失はどうしても皮春侯爵の資本を引き出しイタリアの鉄道株を動かすより外は無い。大分今夜は侯爵の機嫌を取っておいたから、追々資本引き出しの道も開けるだろうけれど、あの侯爵に少しも山気がないのだから始末が悪い。
 金は現金で持っているほど安心な事は有りませんとばかりで、まるで金儲けを恐れるように尻ごみする。しかし、ナニあの息子と夕蝉とを縁組させるように仕向ければ、四.、五百万円は取り出せる事になるだろう。先ず細工は流々だ。息子の方から手なずけて行くとしよう。」

 呟き終わるか終わらないうちに、僕の一人が手紙のようなものを持って来て、「至急の書類だと言って、ただ今銀行の書記が持って参りました。」と言って退いた。段倉は封を切って読むや否や、一人腹立たしそうに絶叫した。

 「何だと、イタリアのマンフレイダイ銀行が破産しただと。エエ悪い時には悪いことばかり続くものだ。これもその実はスペイン公債の影響かも知れ無い。あの銀行には百万円以上の貸越に成っている。又百万余円の損失か。あんまりひどい、あんまりひどい。この様な損失が続いては、待て、待て、富村銀行から取り付けにあったためと書いてある。冨村銀行ならば伯爵に頼んでその取り付けを猶予して貰えばよかったのにと、言ったところで後の祭りだ。情けないなあ、この様な事ばかり続いては幾ら俺の段倉銀行の信用が厚くても、遠からず世間からは疑いを受ける事になる。この不運と言うのも総てその元は妻が余計な口出しをするからするから出てくるのだ。出部嶺のような口先の上手い奴にだまされて、好し、一思いに叱り懲らしめてやらなくては腹の虫がおさまらない。」

 金銭の事よりほかに余り立腹する事の無いだけに、金銭の事といえば親身をも忘れるほどに怒るのだ。直ぐに彼は妻の部屋に飛んで行ったが、ここには妻と出部嶺が何かひそひそ話している。多分、先刻伯爵の別邸で、馬車から降りるとき手渡した密書にて出部嶺を呼び出したものと見える。

 妻は驚いて、「オヤ、貴方は、今夜株式の方へお回りが無かったのですか。」
 段倉は大声に、「この頃の乱高下、仲買は徹夜しているだろうけれど、一昼夜に四百万円の損をしたこの段倉はもう仲買などに用は無い。」
 出部嶺は景色を察知して立ち上がり、「イヤ、夫人、段倉さん、今夜は失礼ばかり致しました。又明日伺います。」と言い、コソコソと辞して去ったのは、立場を失わないうちに逃げていく如才ない駆け引きである。」

 すると今まで出部嶺の膝にいた一匹の狆ころが更にお世辞を呈するように段倉の膝に来た。段倉は直ぐ首の辺の皮を無慈悲に掴んで、「もうこの様な贅沢なものは飼っては置かれない。ずーっと暮らし向きを倹約して貰わなければ。」と言って部屋の隅に投げつけた。

 八つ当たりとはこのことだろう。幾ら狆ころが贅沢でも幾百万幾千万の財産にこれ一匹が影響はしないだろうのに。
 夫人はその身に弱味が有っても黙ってはいられない。「又お極まりをなさっては困りますよ。幾ら貴方が株式で損をしたからと言って、狆ころが知った事ですか。金のための御立腹なら、金のために雇っている銀行のほうの書記や手代にお当たりなさい。」

 段倉;「書記や手代は月給以上に働いている。何も俺に間違った電報などを教えて四百万円の損は掛けない。そなたは四百万円の金をどれほどの額だと思う。金貨で摘めばこの部屋に入りきれないほどもあるのに」

 夫人は非常に夫をいやしむように尻目にかけて、「明けても暮れても金々と、だから私は銀行家の妻は嫌だと言ったのですよ。生まれた里でも前の夫糊菅男爵の家でも、家内の間で金ということは一言も言ったことは有りません。」
 段倉;「それはそのはずさ、言いたくても言うだけの金の無い家だもの。」
 と悪口雑言に入りかけた。

第百五十九 終わり
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