巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

gankutu165

巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2011. 5.29

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

百六十五、「油断の出来ぬ強敵が」

 産み落としたまま死んだ事とばかり思い、二十年来寝覚めが悪く感じられた我が子が、地の底から掘り出されて、生き返り、育児院に入れられて、そうして何者かに連れ去られたと分っては、驚かずには居られない。段倉夫人は全く狂気の状態である。「エ、私の子が、生きて育児院からそのような老婆に連れ去られたと言いますか。その老婆は何者です。その子を何処に連れて行ったのでしょう。その子は今生きているでしょうか。生きているならもう立派な年頃でになっているでしょうに。」と畳み掛けて聞いた。

 蛭峰;「夫人、貴方の胸にある疑いは全て私の胸にある疑いです。貴方は今始めて知ってお疑いなさるけれど、私は凡そ二十年、一日としてそれらの疑問に攻められない日は無いのです。」
 夫人;「ではいまもってその疑問は解けませんか。」

 蛭峰;「ハイ、その老婆が何者か、何のためにその子を引き取ったのか、イヤ、多分後日私へ仇を返すために違いないと思いますから、その後はその老婆の行方を調べる為にほとんど全力を尽くしました。けれど、私がその事を聞き知ったのが既に老婆がその子を抱いてシャロンの方へ行き、ある宿屋に一泊したことまでは分りましたが、その後は少しも分りません。私は検事の職権を利用してさえこれですから、最早全く尋ねる道が絶えたものと言う以外は有りません。」

 夫人は絶望の声を発した。「何にしても貴方は、生きながら私の子を埋めました。埋める前によく注意して下さればこの様な事には成らなかったでしょうに。」もっとも千万な怨みである。
 蛭峰;「イヤ、私はその過ちのために出世をの機会をさえ、取り逃がしているのですから、許していただかなければなりません。それよりも夫人、差し当たり巌窟島伯爵がどうしてこの秘密を知っているかを突き止めるのが大切です。あのような人の手がこの秘密を握っている居るとすれば、どの様な事になるか知れません。」

 こう言われてみれば、成るほどその子についての疑問よりも、巌窟島伯爵についての疑問が差し迫って居る様に思われる。「そう仰ると、夕べの晩餐にも、巌窟島伯爵はあれほどの珍味を人にすすめながら自分では、話に紛らわせ、何一つ食べない様にしてお出ででした。もしや客一同を毒害するのでは無いだろうかと私はひとしきりこのように思いました。」

 蛭峰;「けれど、毒害の目的ではなかったことは、我々がこの通り少しも健康を損じていないので分かっていますが、さて分らないのはどうして伯爵があそこの庭に赤子の死骸のあったことを知っていたかの一条です。私から洩れたのではないことは勿論ですが、もしや貴方の方からでも。」

 夫人;「何で私から洩れましょう。」
 蛭峰;「貴方は誰にもあのことを悟られるような言葉を吐いたことは有りませんか。」
 夫人;「決して、決して有りません。」
 蛭峰は考えて、「もしや貴方は日記帳でも書いては居ませんか。」
 夫人;「私は自分の身が恥ずかしいほどですから、あった事でも早く忘れてしまいたいと思います。何で日記など付けますものか。それこそ若い頃から手帳一冊持ったこともないのは私でしょう。」

 蛭峰は又考えて、「しかし秘密と言うものは、どの様な事から洩れ出るか、ほとんど想像も出来ないほどのものです。どうかすると寝言から洩れる事さえあります。貴方はもしや寝言を言うくせでもお有りでは有りませんか。」

 夫人は躊躇もせずに、「寝言を言うどころか夢も見ません。私がまるで子供のように熟睡することは、貴方が覚えてお出ででしょう。」と言ったが、流石に恥ずかしいところがあると見え、言葉と共に顔を赤らめた。蛭峰は「そうでした。」と答えたけれど、これも心の咎めるような小声であった。

 しばらくして彼は又言った。「貴方からでもなく私からでもないとすれば、伯爵があの赤子を掘り出して行ったコルシカ人の方からこの秘密を聴いたと思う外はありません。そうすれば伯爵が何者であるかと言う事がますます疑わしい。たとえその秘密を聞いたにしても、わざわざその家まで買い取って、我々をそこへ招き、そうして暗に我々をいじめるようにその秘密をほのめかすのが、決して理由の無いことではないでしょう。」

 夫人も納得したように「成るほど、ただの回り合わせと思ったのは私の間違いでしたかねえ。」
 蛭峰;「ハイ、ただの回り合わせではないのですから、それで私が今特に貴方にこの密会を願ったのです。夫人、どうかこの後伯爵を、疑わしい人だと思って気をお付けください。こう思って気を付ければ、あの人のする事は疑うべき事ばかりです。この後とも何か見破る事が出来るかも知れません。」

 伯爵を又とない人の様に思っていた夫人の夢は醒めた。「ハイ分りました。」
 蛭峰;「私も今から彼が何者かと言う事を調査にかかります。ナニ、彼、どの様に素性身分を曖昧にしていても、私が調べて分らないということは有りません。」ほとんど憤然として言い切った。

 もしこの時の蛭峰の顔を伯爵に見せたならば、伯爵とても全く油断が出来ない強敵が現れたと思うだろう。

第百六十五 終わり
次(百六十六)

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