巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

gankutu167

巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

百六十七、「特務巡査」

 蛭峰の家から出たこの特務巡査が訪ねて行く暮内法師とはそもそも何者であろう。
 凡そ十年ほども前からサルピス街に極小さい一軒の家を借り、これを清浄な僧庵のように改築し、一人の番人に守らせておいて、年に二度三度づつイタリアからここに来て、短い時は一、二週間、長い時は四、五十日も滞在して去る法師がある。これが暮内法師なのだ。

 在庵のときは余念も無く読経に身を委ね、外に出るときは或いは貧民を訪ねて恵みを施し、或いは臨終の病者を慰めて往生の安楽を得させるなど、慈悲善根をのみ積んでいるので、今は上流の帰依をさえ得て、歴々の家に招かれていく事も多い。

 特務巡査がこの家を訪れたのは夜の八時頃であった。一度は面会を拒絶されたけれど、たって番人を説き伏せ、一通の手紙を取り次がせた。これは警視総監から法師に宛てたものである。多分手紙の力だろう。特務は間もなく法師の部屋に通されることになった。

 法師は余り明るくないランプの下で、いつもの通り経文を開いていたが、特務が席に着いたと見るや否や、急に明かりを掻きたてて、ほやにかぶせてある黒い傘を引き上げ、特務の顔にパッと光を射すようにした。特務は慌てて、「イヤ法師、私はこの頃眼病のため強い光を嫌います。どうかランプは元のままに」と言いながら、青い眼鏡を取り出して目を隠した。

 法師はその願いに応じ、再びランプを暗くしながら、「警視総監のお手紙では何かお取調べの為とありますが、探偵の方が眼病ではさぞご不自由でしょう。」少し冷やかすような語気を帯びているけれど、そうとは気付かない。「イヤ、私は、目を持ってするような低い探偵ではなく、多く耳を持ってする地位ですから、別に不自由もありません。今夕の用向きもその通りで、実は巌窟島伯爵と言う方の素性を伺いたいのです。前から貴方がお知り合いの事と、種々の方面から分っていますので。」

 法師;「ハイ、私は彼の父親と親しくしていましたので、幼い頃から彼を知っていますが。」幼い頃からという一語は一方ならずこの特務を満足させた。

 これより特務が問い出す言葉に対し法師の一々答えたところを挙げれば、巌窟島伯爵は地中海に有るマルタ島の造船者左近と言う者の息子である事。十八、九の時から航海に身を委ね、インドに行って鉱山を発見し、大いなる財産を作った事。その後は矢張り東方にあって慈善と道楽とに身を委ね、多くは東方諸国の国王に愛せられて、数多の勲章を持っていること。

 そうしてその後イタリアで貴族の株を買い伯爵となり、又その領地として地中海中の巌(いわ)ばかりからなるモント・クリスト島を手に入れ、自ら巌窟島(いわやじま)伯爵と称するように至った事などであった。特務は最後に聞いた、「ですが、この頃、あの伯爵がオーチウルの吹上小路に別荘を買ったのは何のためでしょう。」

 法師はこの時を待ち受けて居たらしい。「それは直々伯爵にお問いなさるほかは有りますまい。私はただこうではないかと言う自分の推量を申し上げるに留まります。」
 特務刑事;「イヤ、推量でもよろしい、伺いましょう。」

 法師;「実は数年前に、私は伯爵に向かい、フランスには狂人が多いから完全な瘋癲病院を建てたなら大いなる功徳に成るだろうと言ったことがあります。その時伯爵はフランスの何処へと聞きましたから、パリーの市街なら何処でも良い、取分けてオーチウル辺りが適当だろうと答えました。或いはこの問答を覚えていて、あのところを買ったのではないかと思います。」

 特務;「では狂人病院を立てるためだろうとお思いですね。」
 法師;「ハイ、私はそう推量します。」あんまり当てにならない返事である。特務は肝心なところで要領得ないのが残念らしい様子である。「貴方のほかに、誰か伯爵のことを良く知った人は有りませんか。」
 法師は充分考えて、「どうも思い当たりません。」

 特務;「英国の旅行家柳田卿とやらが伯爵と親しいように聞きますが。」
 法師;「どうですか。先年伯爵が柳田卿と喧嘩の末、決闘をしたことは聞いていますが、親しく交わっているかは知りません。」特務はかえってっ喜んだ。決闘もするほどの敵ならば必ず大いに伯爵の暗所を探り知っているだろうと、そうしてこの法師には別れを告げた。

 法師は特務を出口まで送った後で、部屋に帰って、微笑みながら呟(つぶや)いた。「太陽の光を恐れて夜中に来て、又もランプの光を恐れて眼鏡をかけるというようでは、蛭峰先生、まだ姿を変える初歩も知らない。この暮内などは暮内と見られるのに十余年も苦労したのだ。」

第百六十七 終わり
次(百六十八)

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