巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

十八、晴天の霹靂(へきれき)

 いかに大胆で、イヤ図々しい、男でも、国王陛下の前に出ては、その権威に打たれて、前に進むことはできない。彼、蛭峰は王の姿が見えるとともに立ち止まった。そうして、まぶしいように首を垂れた。

 「サ、近こう。」と国王は励ました。けれど、彼はただ一足出ただけで、真に近づくことは出来なかった。
 王;「オオ、その方が何か大切な警報を、朕(ちん)に伝えたいと言っていると聞くが、遠慮せずに申すがよい。」
 蛭峰はここだと思った。ここで巧みに述べることが出来なければ昼夜兼行で来た甲斐が無い。真にこの身の生涯の運不運がこの一瞬にかかっている。

 彼は必死の思いで「臣は感激に咽(むせ)んで言葉が出てきません。齟齬(そご)のつたないところは幾重にもお許し願います。」と断っておき、更に「警報と申しますのは、臣が検事補の職務を行うに当たり、はし無くも発見した一事実に外成りません。その要点は、横領者ナポレオン、密かに三艘の舟を買整え、今から一週間前、即ち二月二十八日にこれをエルバ島のポート・ペルラジョの湾の陰に集め、大陸を目指して多分出帆したことと思われます。」

 「私の申す日には、既に出帆の用意が整ったと言って、この国のナポレオン党の者のところに密使を送り、かつは出向かいの準備として大いに人心を煽動せよとの命を伝えようと計画しました。」これだけは蛭峰が焼き捨てたあのベルトラン将軍の密書に記してあった事柄である。

 勿論、国王に取っては、寝耳に水とも言うべき意外なことである。
 国王は半信半疑の様子で「その情報の根拠は、根拠は」と聞き返した。
 もしあの密書が蛭峰の父、野々内に宛てた物でさえなかったら、蛭峰はそれを焼き捨てもせず、根拠は即ちこの通りですと言って国王の前に差し出し、斜めならぬ栄冠に預かることも出来るのに、今はそれが出来ない。出来ない代わりに、自分の言葉でもって補わなければならない。

 「ハイ、根拠は臣において最も確実と認めます。実は兼ねてマルセイユに住する水夫の中に、非常に過激な若者がおりまして、確かにナポレオン党に密かに連絡を通じているように見えましたので、それとなく注意していましたところ、この度この者が、エルバ島付近を経て帰港しましたので、引き立てて取調べをしましたところ、隠すことが出来ずに上の次第を白状しました。この者が即ち、パリーの仲間に対して、上の伝言をベルラン将軍の口から託されて来たのです。」

 王;「フム、口から、何か書類は持っていなかったのか。」
 蛭峰;「余程露見を恐れたと見え、何も書類持っていません。」 王;「その伝言はパリーの誰に」
 蛭;「彼はそれを白状致しません。その白状が肝心だと思い、厳重に彼を監禁して置きました。何にいたしましても重大な事態ですので、その白状を待つ訳には行かず、臣はその場から上京致しました。」

 この言葉をもしも友太郎に聞かせたならどの様に思うだろう。一方には友太郎に向かい、決して宛名を白状するなと誓わせて置いて、一方では白状しないからと言っている。

 王;「その様な過激な徒はたとえ白状しても再び禍に加担しないように、厳しく取り締まるがよい。シタがその方はこれを真実に重大な、確実な情報だと認めるか。」

 蛭;「認めますればこそ、臣はあたかも陛下の忠良なる米良田伯爵の息女と結婚式の途中でありましたけれど、宴席を捨て置いて取り調べに着手し、捨て置いて上京致しました。」
 余計なことまで述べて我が忠勤を目立たせようとするのは、少し国王の御前に慣れたものと思われる。

 国王;「上陸地は」
 蛭;「分かりませんが、イタリアのネーブル港(ナポリ)かタスカニー港、さもなければ我が国の海岸だろうと思われます。」
 王は少し顔色を変えたけれど、未だ信じはしない。

 「横領者のことだから色々その様な計画は立てているだろう。けれど、朕の率いる国家に於いてその様なことの実行は出来ない。朕は十ヵ月前に位についてから、特に政府の各機関をして南方に目を注がせ、注意警戒には怠りは無い。横領者がもしネーブル港(ナポリ)に上陸すれば、彼は上陸後三十分を経ずに捕らえられる。そして、この国の海岸へ上陸すれば、今は天下の人民は、皆王臣ゆえ、彼の旗の下に加わる者は無く、彼は単身で、その第一回の関所において射殺されるに決まっている。」

 驚くべき自信である。歴史家が、王の一族を評して「流ざん二十五年の間に何事も覚えず、何事も忘れなかった。」と評したのはもっともなことだ。全く多年の辛い苦しみ(艱難辛苦)にも、別に新たな長所をも覚えなければ、古い短所をも忘れていない。とは言え王は余程不安になったようだ。そうして蛭峰に向かい、

 「いずれにしてもその方の忠勤は褒めるべきものである。追って何分の恩賞に及ぶまで、聞き置く。」と宣せられた。勿論蛭峰は即座で恩賞を得るような卑近な目的ではないのだから、「聞き置く」の一言で、出世の階段が出来上がったような気がした。

 王の言葉が終わるか終わらないうちに、先ほど退いた警視長官が帰って来た。彼の顔色を一目見れば、彼が非常な新情報に接したことが分かる。彼の顔色は土のようである。体全体が振るえている。 王;「ダンドル男爵、どうした。」男爵は「陛下」と一言発したまま、後の言葉が続かない。

 国王は心配の色を深くし、再び聞いた。「どうした。」
 長官;「陛下」
 王;「陛下と言うだけでは分からない、どうした。」
 三度聞いた。三度目の言葉は厳命である。
 ダンドル男爵は王の足下に平伏した。

 「全く臣の罪です。臣の落ち度です。事ここに至りましたのはーーー」
 王;「事ここに至ったとは何事だ。」
 全く長官は枯渇して喉を通らないほどの声で、「横領者が、エルバ島を脱出しました。二月二十八日、そうして、三月一日、当国へ、上、上陸いたしました。」

 真にこれ晴天の霹靂(へきれき)、ただこの一語が朝廷の破滅、王の落位、王国王政の覆(くつがえ)り滅ぶことを意味している。

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