巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

gankutu180

巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2011. 6.13

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

百八十回、『未熟な男で無い』

 全身麻痺の老英雄、野々内弾正に果たしてどの様な機略が有るか、それは『蛭峰家(七)』以下の記事と共にしばらく後に譲り、話題は段倉家に移る。
 *     *      *       *        *       *
 世に手堅いようでその実極めて危ないのは銀行の財産である。少し評判が良くなれば、世の人先を争って取引を開く為、世間の金がひとりでに集まって来る状態にもなるが、その代わり一朝良くない評判でも立てられて、少し信用が傾く日には、直ぐに預け金を取り付けに来る人が門前市をなし、同業者の取引や融通もたちまち止まって、昨日まで全国の財権を一手に握るかと見えた者が今日は早や戸を閉じて破産寸前の間際まで押し寄せる例も、随分今まで有った事だ。

 それとこれとは事情が違うが、さても段倉銀行の頭取、男爵段倉喜平次は、先頃電報の間違いの為スペイン公債で、一夜に四百万の損をした上、巨額の貸し越しとなっているマンフレダイ銀行の支払い停止に会い、これにも百万以上の損失は逃れられないこととなり、今まで絶えて損と言うことに出くわした覚えがない身だけに、内心ひどく落胆して、我妻にまでその損失のいくらかを割り付けようとさえ、あせっていたが、幸いこれだけのことではまだ信用が傾くというほどでにはならず、多少の取り付けには会ったけれど、うわべだけは平然と済ますことが出来ていたところ、日頃の運の神が彼を見捨てたのか、彼の野西家の夜のパーティーの翌日、又フローレンス商会が破産したという知らせを受けた。

 この商会は段倉がイタリア鉄道の企業の為に、見込みを立てて、よほどの資本をつぎ込んであったのだから、その損失はほとんど前の二口の損失を合わせたよりも多いほどである。そもそもこの商会を破産させたのは誰の仕業かか知らないけれど、イタリアの大株主が何か意見の違いのために、手を引いてその株券が暴落した為と言う事でどうすることも出来ない。

 幾ら段倉銀行が盛大でも、こう一月と経ないうちに引き続いてかれこれ1千万からの損失をを受けては信用に関係しないという保障は出来ない。既にパリーの同業者中にはそれとなく段倉銀行に対して手を締めた向きもあり、、又手を締めなければ成らないだろうと言って、内密に相談する者もできたと噂されるほどに至った。
頭取である身にとってはどれほどか辛い事だろう。彼段倉は昼頃から自分の居間に閉じこもり、帳簿を開いては嘆息をし、嘆息をしては又帳簿を繰り返すなどしていたが、最早気も尽きたと見え、首(こうべ)を上げて少しの間額に手を当てた。

 この時は午後の六時半ころで、妻の居間には親しい来客が有ると見え、先ほどから談笑の声も起こり、時々は音楽の音さえ聞こえて来た。ただ段倉の煩悶した耳にだけは入らなかったが、どうした拍子にかふと彼は聞き付けた。そうしてその方に振り向いて「何だなア、騒々しい。実にーーー夫の心配も知らずに、面白そうに。」と呟(つぶや)いたが、又立ちまち思い出した。

 「イヤあの音楽は、妻ではない。娘だ。アア、娘夕蝉が小侯爵と合奏しているのだ。」と思って直ぐ顔の面を和らげた。「上手い、上手い、この調子ではあの小侯爵がいよい近日のうちに縁談を申し込んでくる。フム、小侯爵皮春永太郎か、姓名も何となく貴族的だ。
 父の収入が一年に五十万円というのだから、その資産は2千万からの額だ。俺などなら何、千万円以下の金をもっても五十万の歳入を得ることは容易だけれど、金儲けを知らないイヤリアの貴族だから財産全体を皆働かせるという事ができず、それに古金を集めて地の底に埋めて置いたり、珠玉を倉にしまっておくのを自慢にしたり不生産的な事ばかりして喜んでいるのだから、ことによると5千万からの資産かもしれない。

 これと縁組が出来れば、ナニ幾らでも引き出してくる寸法は胸にある。まだ運の神がこの段倉を見捨てたわけではないな。夕蝉と野西武之助との縁談を急がずに置いて良いことをした。彼ら両人は、幼い頃からの許婚とは言え、何もその後改めて武之助の父次郎がいよいよ結婚させると意気込んで来たわけでは無し、今断って破談にするのは訳も無いことだ。そうそうその破談の口実は先日巌窟島伯爵の言葉から思い付いて、ギリシャのヤミナ銀行へ問い合わせておいた。その返事が来さえすれば必ず次郎の旧悪が、いや真悪が分かるからそれを利用すれば好い。何事も上手く運ぶわ。」

 ようやく思い直して破顔一笑する所へ、書記が手紙を持って来た。見ればヤミナ銀行から出たものである。
 「来た、来た」と段倉は書記が退く姿を見送りながら嬉しそうに呟(つぶや)き、直ぐに封を切って読み下したが、中々長い手紙である。けれど彼は呼吸をも継がずに読み終わった。

 よほど彼にとって都合の良いことが書いてあると見え、彼はその笑みを顔中に押し広げ、「驚いたなア、次郎奴この様な悪事をして居やがる。これではギリシャで大資産を作って帰ったはずだ。ヤミナの城を敵のトルコ王へ売り渡して、イヤ、これくらいの悪事はしかねない奴だよ。その上に城主の妻、城主の娘まで」と言いかけてまだ終わらない所に、

 「ヤ、段倉さん、今日は令夫人をお訪ねに来ましたが、ついでに貴方にお知らせ申すことが有りますよ。」言いながら入って来たのは巌窟島伯爵である。
 段倉は慌てて手紙を押し隠し、懐かしそうに迎えた。
 伯爵;「フローレンス商会が破産しました。」
 段倉は自分の財政上の弱点を人に悟られるような未熟な男では無い。何の利害をも感じない様子で、「ソウですか。」と軽く答えた。

 伯爵;「でも貴方は大株主では有りませんか。」
 段倉;「ナニ、僅か数百万円ですよ。」とは伯爵の口調を学び得たものと見える。
 伯爵;「イヤ貴方がそう軽く見ていれば私も安心です。もしご心配でもあれば多少はご用立てようかと思いました。ドレ、これから夫人のご機嫌を伺って来ましょう。」と何気なく伯爵は奥の間を目指して立った。

 段倉は又慌てて引きとめ、小声になって、「ですが伯爵、どうか奥に居る皮春小侯爵へはこの破産事件は話さないように願います。」とは咄嗟の間にも中々用意が綿密である。伯爵は頷(うなず)いたまま奥へ行った。

 直ぐにその後に野西次郎とその息子武之助が入って来た。来る時には来るものだ。ソウ思いながら段倉は、さては縁談の為ではないかと考え、破談の口実を持ちながらも先を越されたような心配にぎくりとした。

第百八十 終わり
次(百八十一)

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