巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

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gankutu191

巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2011. 6.24

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

百九十一回、『蛭峰家』(十一)

 年中齷齪(あくせく)と働いている人は、簡単には金持ちになることは出来ないけれど、運や果報の向いてきた人は、寝ていても、大金持ちに成ることが出来る。華子のごときは即ちそれなのだ。死んだ母親が少なからぬ財産を残してくれて有るが上に、母親の両親である米良田伯とその夫人とが、一時に亡くなられたため、血筋の順序として当然にその二人の財産も転がり込み、、今は又祖父野々内弾正が蛭峰夫人の頼みを入れて遺言状を書き直したため、これも死ねば、九十万からの財産が華子の物となるのに決まった。

 わずかに一週間ばかりの間に五百万(現在の85億円)からの財産の持ち主となったのだ。華子自身は金のことなどは何とも思わないから別に気に止めもしない様子だけれど、もし深く考えてみれば、ただ運や果報というばかりではなく、何か理由があるのではないだろうか。

 米良田伯爵夫妻の死に方なども何だか怪しかったではないか。疑う人に疑わせれば、誰かが深い目的を持って、華子の身に財産を集めているのではないだろうか。華子の身に集めて置いて、そうして華子をどうかして一挙にその財産を横領すると言うような計略でもあるのではないだろうか。あんまりなことでこのような疑いの余地さえ出てくるのだ。

 兎も角、華子は幸福である。今まで父と継母との手に押し付けられ幸福の何たるかを知らないでいた身が、急にこのような大金持ちになって、その上に数ヶ月来どうしようかと心配していた安雄との縁談も破れた。ここしばらくはほとんどサイコロの「言う目が出る」と言う有様である。そればかりでなく弾正が安雄の縁談を破った序(ついで)に、思い思われている森江大尉との縁談を十分固めてやりたいとの心を起こし、不自由な体で少しづつその意味を嬢に告げ知らせ、二日ほどかかってようやく一種の相談を取り決めた。
 
 その大意は第一に、外へ隠居所に当てるべき相当の家屋を探し、それを買い求めて弾正自ら華子と共にその家に引越すこと。第二に、引越しさえすれば森江大尉も自由に華子と会い、互いの気質も分かり、又弾正もじっくりと大尉の心栄えなどを見て取ることが出来るから、その上で結婚の条件やら日取りなどをも取り決めること、と言うのであった。

 実に局面が一変したようなものだ。手に手をとって駆け落ちするほか。到底夫婦になる道がないだろうと決めていた二人が、どうやら天下晴れての許婚となることが出来る時になってきたのだ。
 この相談が決まるや否や、弾正は一方で建築会社に人をやり、しかるべき家屋の調査を命じ、又一方では兎に角大尉に会ってこれだけの事情を告げ知らせ、短気なことをしないように戒めておきたいと言い、老僕忠助を大尉の所に使いにやった。

 勿論大尉は弾正から使いと聞き、空中を飛ぶほどの勢いで老僕忠助を追い抜いてやって来たが、やがて弾正の枕元に座し、華子の通弁や自分の機転で今までの次第を聞いているうちに、とんでもない一事件がこの静かな隠居所に起こった。

 それは外でもない、老僕忠助が大尉の後からあえぎあえぎ帰って来て、華子に向かい、「嬢様、もう年取っていけません。わずかに10町(1010m)か15町(1635m)ばかりの道が、若い方と一緒に走ることができず、喉(のど)が干からびてしまいました。嬢様、ここにあるレモン水を頂きますよ。」と言い、華子が弾正のために用意して置いたレモン水をコップに注ぎ一息に飲み干した。

 この時華子は、「アレお前、年寄りのくせに冷たい物を」と制するような言葉を発したけれど、それは間に合わなかった。忠助は飲み干してしばらく休んでいる風であったが、たちまち苦痛の声を発し、「アア、死にそうだ。恐ろしいめまいがする。耳も破れるように音がするなどと叫び、やがて又、「頭が張り裂けます。張り裂けます。」と言って空をつかんでもがき始めた。

 勿論華子は驚いて、「忠助、どうした。」と言ってその場に行き、森江大尉も「何事です。」と同じく出て来たが、この時、母屋の方からも、忠助の悲鳴を聞き、誰やら駆け付けるように思われたから、華子は忙しく大尉に向かい、「もし、父上に見とがめられては面倒ですから、貴方は裏の方から、そっとお帰りください。そうして再び向かいを上げたとき又来てください。」と言って、大尉をこの場から退かせた。

 引き違いてこの場に現れたのは、蛭峰夫人である。夫人も気が転倒したかと思われるほど慌てた状態で、「オオ、忠助が、お祖父さんの召し上がるレモンを飲んだのかえ、」と言い、直ぐにそのコップとビンとを取って、「マア、このようなものは片付けて置かなければ。」と言って、自分で台所の流しのところに持って行った。引き続いて又蛭峰と有国医師とが一緒に来た。

 医師はただ一目、忠助の様子を見て、蛭峰に向かい、「米良田伯爵夫人と同じ容態です。同じ原因です。同じ最後は免れません。」と連呼し、直ぐに今しも蛭峰夫人のいた台所に行き、あのコップを持って来た。「嬢様、忠助はこのコップでレモンを飲んだと言いますか。」と華子に聞き、華子が、「そうです。」と答えるのを待って、又直ぐ蛭峰を引き立てないばかりに、「蛭峰さん、こっちへお出でください。至急です。至急です。」と言い、母屋の方へ去った。

 そうしてなおも蛭峰を捕らえたまま蛭峰の居間に入り、「これが毒殺でないと言われますか。貴方はご自分の家に、大いなる犯罪があるのに、何でその方へは目を注がずに、古い書面などを持ち出して調べています。」ほとんど叱り付ける口調である。

 蛭峰;「エ、犯罪」
 有国;「もし、毒殺がこの国の法律で無罪とされているなら兎も角、そうでなければ、この家に、確かに犯罪が行われています。その証拠をお見せしましょう。」と言い、一片の白い試験紙を取り出して、まだぬれているコップの中の露を拭いた。露に従って試験紙はところどころ青く変色した。

 「それ御覧なさい、ブルシンです。ブルシンです。味や匂いでは分かりませんが、試験紙には現れます。」
 蛭峰;「ブルシンなど誰がそのような毒殺を」
 医師;「誰が用いるかそれを探すのは、大検事である貴方の職務ではありませんか。犯罪によって利益する人を疑えとは貴方の職務の第一歩ではありませんか。」

 蛭峰;「誰も忠助など殺して利益を得るような人は」
 医師;「イヤ、忠助ではなく、野々内弾正に飲ませるのを忠助が誤って飲んだのです。弾正を殺して利益する人はありませんか。弾正の財産は誰が相続しますか。米良田伯爵夫人の財産は誰の手に転がりこみました。」

 この言葉は明らかに華子を指し示す言葉だ。蛭峰はただあきれて、「有国先生、貴方の問いはあんまりに邪険《冷酷》です。飛躍(ひやく)のし過ぎです。」と泣くような声で叫んだ。

第百九十一 終わり
次(百九十二)

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