巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

gankutu194

巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2011. 6.27

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

百九十四回、『もう一ヶ月ぐらい』

 どうも伯爵が我父らしい。いよいよそうなら天にも昇る心地がする。早くそうという確証があれば好いのにと、このように心を焦がしている永太郎だから、思わず毛太郎次の言葉に釣り込まれ、頭を突き出して問い返したが、毛太郎次と言えども勿論確証があるわけではない。「そうとでも思わなければ伯爵が余りお前を可愛がり過ぎるからよ。俺はお前の暮らし方を見て月々伯爵から貰う小遣いも莫大だろうと思っている。それに付けては俺への分け前をずっと引き上げて貰わなければならない。」というのが彼の返事であった。

 何事を言うにもすべて最後の一句は金をくれろとか分け前を引き上げろとかの言葉に落ちていくので、永太郎はうるさくてならない。出来ることなら叩き殺してでも、振り捨てたいほどに思うけれど、そのような手に乗る相手ではない。

 振り捨てようとする素振りでも見せれば、あべこべにどの様な目にあうかも知れないから、ただ仕方なく、話し相手になっていると、毛太郎次はさまざまな言い種を持ち出しては遠まわしに巌窟島伯爵の家の様子から伯爵の日頃の振る舞いを聞きだそうとするように見える。

 永太郎はひそかに悟った。こやつめ、伯爵の留守を伺い、その屋敷に忍び入って、私の誕生に関する書類でも盗み出すつもりでいるのではあるまいか。そのような書類を探し出し、私が確かに伯爵の子と突きとめれば、又も先に回ってゆすりの種を作るのに違いない。それとも或いは、そうまで深いたくらみは無く、金子だけでも盗み出す了見かも知れない。いずれにしても、伯爵家へ忍び入る底意だけは明白である。

 このようには見て取ったけれど、こちらもさる者である。少しも見て取ったような素振りを示さない。かえって謀(はか)りごとの裏を行くような一計をとっさの間に案じだして、向こうの問うがままに正直に伯爵家の案内を話して聞かせ、かつは伯爵は明日から二、三日オーチウルの別荘に行き、パリーを空にするはずであるとの事を告げた。コレは嘘ではない、今朝伯爵に会い、じきじきに聞いたところである。

 ついに毛太郎次は必要なだけのことを聞き取ったと見える。そうして今度は何気ない様な様子で、永太郎の手にある指輪に目を留めた。「オオ、たいそう光る指輪だな。これ位のダイヤモンドは中々安くは無いだろう。」

 この言葉の真意はさすがの永太郎も計りかねた。何のために用も無い指輪などをほめるのか多少いぶかしく思えるから、「なーに、ダイヤモンドの値打ちは所持した経験の無い人に話したとて分からないのさ。」とあざけり探りを入れた。毛太郎次は癪に障った様子で、「俺だってダイヤモンドを持っていた経験はあるさ。その倍くらいの立派なやつを。」

 なるほど彼は暮内法師から五万円の値打ちがある立派なダイヤモンドを恵まれたことがある。その経験は生涯忘れられないところであろう。
 永太郎;「では本物と偽者との見わけ位は附くのかい。」
 毛太郎次;「どれ貸してみろ、ダイヤモンドの偽か本物かはこうすれば一番好く分かるのだ。」と言いながら、その指輪を抜き取って窓の所に持って行き、ガラス板に傷を付けてみて、「アアこいつは本物だ。ガラスが切れるわ。この指輪を俺にくれ。」

 ただ窓板を傷つけた些細な振る舞いを見て永太郎の胸にはあたかも電光の輝くように、一種の理解が差し込んだ。しかし、そのような色は見せずに、ただ腹の底で笑み、「お前がくれと言い出す以上は応ずるまで又さまざまに脅すだろう。」
 毛太郎次;「勿論さ」
 永太郎;「仕方が無い。やるとしよう。しかしコレでもう今月は金の無心はごめんだよ。」
 毛太郎次;「まあ兎も角、この指輪は貰っておこうよ。」
 *     *       *      *      *      *      *
 この翌日である。巌窟島伯爵は朝から執事を指図して家の中を取り片付けている。多分は昨日永太郎に話した通りオーチウルの別荘に立つためだろうが、それにしても特別に片付けるとは当分ここに帰らない考えを決めたのではないだろうか。

 やがて片づけが終わった所に、家扶の春田路が現れた。彼は先日伯爵がトレボー辺りの海岸に船着の好い別荘を買い求めさせる為ノルマンジーへ向け出張させ、あの土曜日の晩餐会以来久しく不在であったのだが、今ようやく帰って来たと見える。まだ身なりも旅装のままで、旅の誇りにまみれている。伯爵はそれを見るより、「オオご苦労であった。今帰ったか。そうして用事は」

 春田路;「仰せの通りに運びました。丁度よい売り別荘が海岸に有りまして」
 伯爵;「それはよかった。して舟は」
 春田路;「ハイ、舟は先日ご注文のがゼノアから出来てきました。その別荘の下につないであります。スワと言えば五分間も経たないうちに別荘から乗り込んで出帆が出来るのです。」

 伯爵;「上出来だ、それから馬は」
 春田路;「ハイ馬も仰せの通り、この町外れから、五里ごとの村々に人を雇って飼わせて有ります。」
 伯爵;「十時間に百マイル走っていくことが出来るか。」
 春田路;「ハイいずれも試験済みの馬ですから、一時間に十二マイル以上確かです。」

 伯爵は満足した。しかし、何のためにこのような大変な準備をさせるのだろう。トレボーの海岸まで五里ごとに馬を置き、一日に百マイル以上を疾駆して五分の間に別荘から舟に乗るとは、非常に急いでこの国から逃げ去るような場合でもあるのだろうか。

 伯爵は更に「俺のこの国の滞在も、もう一ヶ月くらいで終わるだろうから、その間少しも馬の俊足を鈍らせないように注意しなさい。」
 春田路;「分かりました。」、さては最早、後一ヶ月ぐらいにして、計画に計画をした大復讐が首尾よく終わるという見込みかもしれない。そうだとすれば眼をこすってみるべきである。

 このようにして家令春田路が退くや否や、引き違いて、執事の一人が今届いたらしい一通の手紙を持って来た。伯爵は直ぐに受け取って封を切ったが無名である。そうして文句は、

 「密告す。今夜閣下の不在を探知して貴邸に忍び込み閣下の書斎にある秘密箪笥を探ろうとする曲者あり。容易ならない目的を抱いていることは確かなので、不在と見せておびき寄せて、捕えた上で、訊問(じんもん)するのが得策だと思われます。

 曲者は閣下の一身上の敵なるに似たり。この密告者は偶然のことで曲者の計画を知りえましたので、ここに閣下に警告を与えるものです。然れども閣下コレを警察に訴えることをすれば、一方なら無いわずらわしさを他日に残す恐れが有ります。閣下、密告者の言を信じるならば必ず警察力を借りることはしない様に。」とある。

 伯爵は「はてな、」と言って二度、三度読み返した。

第百九十四回 終わり
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