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巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2011. 7. 7

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

二百四回、『委員会』(二)

百合

 議長の報告と共に委員会は始まった。会の目的は主として野西子爵の弁解を聞くのにあるのだ。子爵は今朝ほどの身も舌もこわばった状態とは大変な違いである。最早どの様な疑いでも微塵(みじん)に砕くことが出来るという確信が付いたと見え、横柄な素振りの中に深く落ち着いた所も見え、人を嘲(あざけ)るような笑みさえ口の両側に浮かべている。

 そうして、やがて議長の許しを得て立ち上がり、まず自分が義勇兵としてヤミナを助けに赴いた趣旨から説明し始めた。充分に考えてあることと見え、言葉の順序も正しくその意味の道筋も立って、弁舌も非常に爽快である。特にヤミナの敵であるトルコの憎むべきを説明し出したところなど、真に雄弁とも言うべき程で、トルコを人道の敵なりと罵(ののし)り、「自分の一片の侠骨(きょうこつ)《義侠心のある性質》は、このような憎むべき人道の大賊が、孤弱《身寄りが無くて幼い》哀れむべきヤミナを虐(しいた)げるのを見るのに忍びず、憤然起(た)って妻子を振り捨て、ヤミナ軍に馳せ加わりました。他日に至りこの行為が利欲とか金銭とか言うような心事に解釈されようとはもとより思いも寄らないところでした。まして売国の所業などとはこれを口にする人があることさえ納得が行きません。」と反論し、

 更に進んで自分が忠勤をもってヤミナ城主有井宗隣の参謀長にまで進められ、更にまもなく全権使として交渉のため敵軍に赴(おもむ)いたけれど、交渉が不調に終わったので、再び戦う決心をもって城に帰った所、早や城主有井宗隣、いまわの際にあり、自分に妻子の後事を託して死んだとの事に至るまで、悲壮な口調でをもって説明し、最後にそれらの証拠として、自分が城主から受けた辞令書のほかに、城主が盟約を締結するのに使った金印を議長の前に出し、「この金印は城主が肌身離さないほどに大切にしていた品です。もしも、自分の挙動に少しでも疑わしい所が有れば、城主がそれを気が付かないはずは無く、卑しくも気づいたならば、この品を私に与えるはずがありません。この品は城主が息を引き取る間際に、今まで忠実に働いた褒美として手ずから肌身から取り出して私に渡されたのです。」

 真に立派な言い開きである。なるほどこの人に売国の所業の有るはずがないと委員の大半は思い込んだ。このときにもし、議長が先ほどの手紙に気が付かなかったならば、直ぐに野西子爵は委員会室から勝ち誇って出る人となったかもしれない。

 議長は、かの手紙を手先でもてあそびながら、子爵に向かい、「城主が貴方に託したという妻子はその後どうなりましたか。」
誠に軽い問いである。しかし、何となく子爵の顔は不快を感じるように見えた。「ハイ、悲しいかな、その妻と鞆絵姫という子を私が手下に命じて城から連れ出させましたけれど、何しろ城が陥落するような敗軍ですから、その者もどこかで討ち死にしたと見えます。その後調査の道さえもないのがこの野西次郎の深く遺憾《残念》とするところであります。」

 議長;「貴方のその言い立てには誰か生きている証人は有りませんか。」
 子爵;「当時、ヤミナの城に籠もった中で無事に生き残ったのは、私のほかにほとんど二、三人しかいないでしょう。もし、その二、三人のうち誰でも一人今ここに現れてくれるなら、私は自分の口からは言いにくいさまざまな手柄をも必ずその人が言い立ててくれて、私の言葉が事実ということは、イヤ事実の半分にも足りないということが直ぐに分かりますのに、その人がいないのは残念で仕方が有りません。」

 この一語はしょんぼりとして述べた。真に生きた証人が残っていないのが残念なことだろう。
 議長はほぼ満足した様子で、今までもてあそんでいた、あの手紙を、念のためと言うように押し開き、スラスラと読み下したが、たちまち顔の様子を変えて、「アア、丁度貴方の御残念を償う証人が現れましたよと言った。」
 子爵はギクリとして、「エ、エ、何と」
 議長はこれに返事せず、委員一同に向かい、「このような手紙を寄越した人がいます。読みますからお聞きください。」断っておいて読み出した。」

 拝啓、野西子爵が先年ヤミナにおいて為せし事柄について大切な証拠を所持いたしております。委員の方々にお知らせ申し上げたいと存じます。この手紙の筆者はその時ヤミナ城主の死する枕元にいた者の一人で城主の妻と娘鞆絵姫のその後のことも詳しく知っておりますので、委員の方々に一応私の陳述をお聞き取りされることを請うべき充分な権利のある身分と存じます。
 今は応接室に控えておりますので、御都合のよろしい時間にお呼び下されたく存じます。

 真に野西子爵のためにはこれ以上ない証人である。
 しかるに子爵は今残念と言った言葉にも似ず、非常に狼狽の様子を示し、「そのような人があるはずは有りません。必ず私を憎む何者かが私を陥れるために偽の証人を作ったのです。議長は、私が今まで数々の戦場において、どれほど国家に忠義であったかを考え、そのような手紙に耳を傾けないように願います。卑しくも忠義の心の無い者が陸軍の中将にまで昇進することが出来ましょうか。」

 議長は聞かない振りである。そのまま委員に向かい、「この手紙の差出人を呼び入れてその陳述を聞きましょうか。それとも子爵の弁解を最早充分のものとして、この者を追い返しましょうか。」
 真に子爵の運命は委員の返事一つにかかっている。一髪千斤をつなぐ《何千Kg重もの重い物を髪の毛1本で支えるように危うい事》とはこの場合の事である。
 委員の一人は答えた。「兎に角、呼び入れて陳述を聞きましょう。」「賛成」と続いて叫ぶ者があった。

 直ぐに議長は守衛を呼び、「この手紙の差出人をここへ呼べ」と命じた。そもそもどの様な人が現れるのだろう。きっとその時に戦死することを免れた老軍人に違いないと、一同が待っている所に、守衛の後に従って歩み入ったのは、一人の従者を連れた、姿もしとやかな婦人である。そうして顔は濃いベールに隠れて見えない。誰もが意外に思わないものはいない。

 議長は婦人に頼んでまずそのベールを取り除けさせた。取り除けたベールの跡に現れたその顔はほとんど満場に輝きわたるほどの美しさである。委員誰一人、呼吸の声さえ立てる者がいない。

第二百四回 終わり
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