巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

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gankutu208

巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2011. 7.11

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

二百八回、『彼れの仕業』

 ノルマンデーから急ぎ帰って、伯爵と右左に分かれた野西武之助は、直ぐその足で新聞記者猛田猛(たけだたけし)の許(もと)を訪ねた。訪ねて猛の出て来るのを待つ間さえももどかしい。自分の父野西子爵が再び売国奴と疑われるに至ったまでは猛の手紙で知っているけれど、その後がどうなったか、一刻も早く知りたい。それも新聞を買って読めば分かるけれど、新聞を読むのは恐ろしい。又忌々ましい。慈悲もなく情けも知らず、ただ事実の有りのままを冷酷に報道する新聞記者の筆から我父の旧悪を知らされるのは、子として実に忍び難(がた)いところである。

 彼は応接の室にあってほとんど地団太を踏まないばかりにである。一体何者がこうも執念深く我父我一家を傷付けようと、企んでいるのだろう。父に売国の振舞いが有ったことは前に猛がやミナ迄出張して調べて来たところで分かってはいるけれど、その罪悪を十年余の今となって暴(あば)き立てるとは、実に憎むにも余りある憎さである。

 父に愛想が尽きたのは勿論だけれど、それのためにこの敵を許して置くことは出来ない。この敵、たとえ社会のどの様な隅に隠れていようと、必ず探し出して、眼にものを見せてやら無ければならないと、一人悔しさの数々を心の中に呼び起こしては、自分の肝へ刻み付けるように繰り返していた。そのところにようやく猛田猛が出て来た。

 彼は気の毒さに耐えられない様子で、中々口も開かなかったが、切に武之助に促されて、ついに委員会の一部始終を語り始めた。勿論、一度口を開く以上は、少しも隠し又は飾るべきではない。彼が新聞記者として委員の人々や、その議長などから聞き集めた所を、事細かに話し出したので、あの委員会の有様が手にとるように武之助に分かった。

 我父野西子爵がどの様にして自ら弁護し、どの様にして鞆絵姫が現れ出たのに対して、又どの様な言葉に窮してどの様に会場から逃げ出したか、父の一挙一動から、委員のその時その時の顔色までことごとく眼に見えるように感じた。

 聞き終わって彼は悔し涙が雨のように降ってくるのを、制することは出来なかった。「猛田さん、猛田さん、もう私は何処に行っても売国奴の息子です。広いこのパリーに、なお私を友人と思ってくれる者は、貴方や出部嶺や心の広い巌窟島伯爵のほかに幾人も無いでしょう。たとえあった所でどの顔下げてパリーの市中を歩き回れるでしょう。私は直ぐにこの国を去り、世界の果てに身を埋めてしまいます。ですが、その前にこの敵を探しだして仇を返さなければ成りません。仇を返すと言っても、決闘をするほかはなく、もし、その決闘で殺されれば、それまでなので、外国に隠れに行く面倒も無くて済みます。もし勝てば幾らか恨みは消えると言うもの。どうか、貴方は私の心を察してこの敵が分かるようにしてください。

 一体何者が私の父のことを新聞に出したのでしょう。貴方の手紙にはヤミナ州から沢山の証拠書類を持った人がわざわざ出て来て、各新聞社を回ったと有りましたけれど、必ずこのパリーに住んでいる人の中に、張本人がいるでしょう。最初貴方の新聞にただフランスの士官次郎という短いアノ記事を出させたなどは決してヤミナから来た人では有りません。この人が即ち今度の記事をも出るように仕組んだことは、考えるまでも無く分かっていますから、即ちこの人が誰であるのか、少しでも貴方に心当たりがあれば、どうか私にお知らせください。真に一生のお願いとはこのことです。」

 外でもない願いに猛田は黙然として考えたが、「イヤ、少しも心当たりは無いのです。けれど、他(ほか)ならない貴方ですから、私は自分の少し不思議に感じた事実だけを申しますが、イヤこれを責任の有る言葉のように思われては困りますよ。単に貴方のご参考の一つにして下さい。」

 武之助は熱心に、「ハイ、決して貴方に責任を持たせるようなことはしません。どの様な事実ですか。どの様な。」
 猛;「イヤ、事実というには足りませんが、実は先日私がヤミナへ行った時、同地の有名な銀行家について聞きました。その箇条はヤミナ城の陥落の次第と、そうしてその事件は何かフランスの士官次郎という者が関係があるだろうかという二点でしたが、これを聞いて銀行家は眉をひそめ、実に妙なことがあるものだ。先だってもパリーからこれと同じ事の問い合わせ受けたと言いました。」

 武之助;「エエ、貴方より更に前にパリーからその事を問い合わせたものが有ると言うのですか。その者こそは!」
 猛;「ハイ、私もその者こそは新聞の記事の出所に多少関係の有る人だろうと思い、それは誰だと聞きました。」
 武之助;「聞いたら誰でした。」
 猛;「イヤ、聞いて少し意外な思いがしました。パリーの取引銀行の頭取段倉男爵だと答えました。」

 武之助はほとんど飛び上がって、「イヤ、段倉男爵、それは決して意外では有りません。彼です、彼です、彼の仕業です。第一彼は夕蝉嬢を皮春小侯爵へ縁付けるために、私との縁を切る必要があったのです。ナニ、私の方はこっちから縁を切るように仕向けたほどですから、向こうで何もそのような面倒な手数を取るには及びませんけれど。ただ私の父は熱心にこの縁談を実行する決心でありましたから、段倉男爵が父に対して破談の口実を作るべき必要があったのです。そうです。それでますます分かりました。先日父が段倉へ催促に行きましたところ、彼は異様に答え、何だか父の名誉が遠からず地に落ちるかのように言ったそうです。これは父から聞きました。そうしてその翌日か翌々日に次郎の売国奴ということが貴方の紙上に出たのです。これで見ると、その時から既に段倉氏は新聞にあの記事の出ることを知っていたのです。彼が自分で記事の種を出したのでなければ、何で前もってそのようなことを知っていましょう。」

 ほとんど星を指すほどに明白には聞こえるけれど、まさかパリー第一流の銀行家といわれる者が、そう陰険な手段を取ろうとは思われない。
 猛;「ごもっともの様にも聞こえますが、単に貴方と夕蝉嬢の縁談を破る為ならばあんまり芝居が大きすぎるのでは有りませんか。それに今ではその縁談も敗れていますから、たとえ第一回の記事は彼から出たとしても、このたびの第二回の記事は、」

 武之助;「サア、その辺は少し私にも納得が行きませんけれど、兎に角彼は昔から私の父と、名誉と財産とで競争してきたのです。財産の方では彼が買ったでしょうけれど、名誉の方では父のほうが勝ちましたから、彼は決して父の名誉を傷つけるのに躊躇しない男です。何でも彼がこの事件に関係が有るのは間違いないのです。そうでなければなんでヤミナの銀行にそのようなことを問い合わせますか。ナニが何でも私の敵は段倉です。これから直ぐに彼の所に行き、私は問いただします。その結果によっては勿論決闘です。どうか貴方も私と同道して下さい。それが出来なければ貴方ももう私の敵に回ったものと見るほかは有りません。」

 ほとんど気も転倒したかと思われる様子である。このような事になりはしないかと思ったからこそ、猛は前もって責任は負わないと断って置いたのである。しかし、こうなったらいまさら引くに引かれない。「致し方有りません。同道して、私がヤミナの銀行で聞いたと言うことだけは証言しましょう。」

 武之助はほとんど血眼でここを出た。そうして猛田猛の手を、引き立て、引き立て、段倉の家を目指して急いだ。

第二百八回 終わり
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