巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

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gankutu210

巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2011. 7.13

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

二百十回、『母への孝行』

 敵は段倉と思いの外、巌窟島伯爵である。武之助は段倉の家を立ち去ってまっしぐらに伯爵の邸を指して去るのだ。
 これは大変な違いである。段倉が敵であるのと伯爵が敵であるのとでは。段倉ならば大して深い事情は無い。ただ武之助の父野西次郎と名誉の上で競争し、自分が負けた形になったから、野西次郎を陥れる気になったというだけの説明で分かっているけれど、伯爵のほうはそうではない。

 何で我父野西次郎を恨むのか、何ゆえ父の旧悪をこうまで執念深く暴き立てる気になったのか、少しも納得が出来ない。或いは自分が愛している鞆絵姫のために復讐をさせてやりたいとの目的から出たのかもしれないけれど、単にそのような義侠のため、こうまで力を尽くそうとは思われない。何か父と伯爵との間に深い恨みでも横たわっていたのかしら。イヤそうとすれば父が前から伯爵に対して用心するはずである。然るに用心の様子も無く、全く初対面の人のように、イヤ一見旧の如しという意気相投じた間柄のように見えていた。

 どう考えても納得が行かない。納得は行かないけれど、この相手が伯爵ということは確かである。武之助は今まで深く伯爵を信じただけに、また深く伯爵を恨みに思う。「エエ、どうしても伯爵を殺さなければ。」と走りながら口走った。

 後に従う猛田猛(たけだたけし)は心配そうに、「野西さん、いよいよこれを伯爵の仕業だとすれば、貴方がそう立腹するのは無理もないけれど、よほど手ごわい敵ですから、用心して掛からなければ成りませんよ。」

 武之助は敵の力など計る余裕も無い状態である。
 「段倉でも、伯爵でも敵とする日には同じ事です。」
 猛;「イヤ、大変な違いが有ります。段倉は金を愛するだけの人間ですから、中々簡単には決闘などしません。こっちが心から怒れば向こうから折れて出ますけれど、巌窟島伯爵は、今まで私が研究した所では、断固たる男子の気風が有って、それに一種の侠骨と、崇高な貴族の魂を備えています。こっちが強く出れば、向こうも何処までも相手になります。」

 武之助;「それが私の幸いです。私は強い相手を恐れません。ただ段倉のように、折れて決闘を避ける相手を恐れます。」
 猛;「でも巌窟島伯爵がどれほど武術の達人かということ知っていますか。」
 武之助;「知っています。先日ピストルで射的をしている所を見ましたが、トランプのような紙の表に一から十まで順にトランプの星数を打ち抜きました。一分一厘の狂いも無い所を見れば恐らく世界に二人と居ない武芸の名人でしょう。」

 猛;「それ御覧なさい。その上に馬に乗るところを見ても、その上手なことは、その姿勢で分かっています。私はまた先日伯爵のところに招かれた撃剣の指南師から聞きましたが、短剣でも長剣でもどうしてあれほど稽古が出来たかと、その指南師が舌を巻いておりました。このような人を相手に決闘するとは」

 武之助;「かまいません。私だって全く武術のたしなみが無いわけではなく、また実地に決闘をしたこともあります。伯爵の狙いが正しければ私の狙いも正しい。伯爵の弾が私の心臓に当たると同時に私の弾も伯爵の心臓に当たりますから、伯爵といえどもこの世にない人になってしまいます。」

 猛;「そううまく行けばよろしいけれど。」
 武之助;「イイエ、たとえ私の狙いが外れて、伯爵は助かり私は死んだとしても構いません父の汚名を雪(すす)ぐために闘って死んだとなれば本望です。生きているよりも名誉です。」
 猛;「貴方はそうでも、貴方が死ねば後で母御が悲しみのために泣き死にます。」

 母御という一言には武之助もしばしよどんだけれど、やがて決然《きっぱりと》として、「それも構いません。母はこのまま居れば父の恥辱を苦に病んで、恥ずかしさに泣き死にします。それよりは私を失った悲しさに泣き死ねるのがうれしいでしょう。私もそれが母への孝行です。」

 猛;「ではどうあっても貴方は伯爵と決闘するのですね。」
 武之助;「勿論です。」
 猛;「決闘の結果がどのようになり行こうと後悔はしないのですね。」
 武之助;「ハイ、それも勿論です。私は伯爵と決闘して死ぬほかに、行く道が無い身の上となっています。」

 猛も決然《きっぱりした》たる語調で、「よろしい、それでは私が出部嶺と共に介添え人となりその決闘の申し込みに行きますから、貴方はお控えなさい。こう決まった上では当人同士顔を合わせる必要は有りません。決闘の作法に背きます。」

 武之助;「なるほど決闘の作法からいえば、事の決まった上で当人で有る私が行くのは良くないかもしれません。けれど、猛田さんこの度ばかりは許してください。今までの例のような場合では有りませんから、私は直接に伯爵に会い、言いたいだけのことを言わなければ気がすみません。ハイ、散々に彼をののしり辱め、今私の腹立たしく思うだけ、彼にも腹を立たせれば、それで幾らか虫が治まりますから、そのうえで、命のやり取りです。サア、どうか私を伯爵の前へ出してください。」

 猛;「それほどに思うなら仕方が有りません。一緒に行って先ず伯爵に会いましょう。」
 二人は間もなく伯爵の邸の前に着いた。

第二百十回 終わり
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