巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

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gankutu27

巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2011. 1.11

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

二十七、このほかの処分なし

 本当のことを言っても嘘と疑われ、熱心に争えば発狂のためと言われる。これほど情けない事があるだろうか。梁谷法師は典獄《監獄所長》と巡視官に向かって言った。「私は入牢以来、この大金のことを言うのは、ほとんど貴方に会う度ですが、嘘ならこの様に、四年も、五年も変わらずに繰り返すことが出来るでしょうか。発狂ならばこの様に一つの思想が乱れずに永続することが出来るでしょうか。」

 同じ狂人でも場所や境遇が変わらなければ、容態や思想も何年経っても変わらないのが幾らでもある。この言葉は未だ巡視官を動かすのに足りない。最も巡視官が動かないのは無理も無い。その様な大金が、誰も知らないところに隠してあるとは思えない。有った所でこの法師が唯一人知っている筈は無い。

 先ず普通の考えで言えば、誰でも嘘とか狂人の言葉と見るのが当然である。ましてこの方法で逃亡を企てるのは、何度も囚人に例の有ることなのである。

 法師は全く悔しさに我慢が出来ない様子である。「たとえ、狂人の言葉であったとしても、実際に試して見れば好いでしょう。どうか私を厳重に縛った上で、そこまで連れて行ってください。そして、私の言う所を掘って、その大金が出なかったなら、元々では有りませんか。その時は私を縛ったままでこの牢に連れ帰り、生涯狂人扱いにして好いです。試しても見ずに、初めから私の言葉を嘘とするのは余りに浅はかなやり方です。」

 巡視官;「その様な宝があるなら、お前が釈放される時まで、黙って隠しているのがいるのが好かろう。」
 梁谷;「もし私が牢死すればどう致します。あたら、その大金が埋没して終わりますが。」
 巡視官;「政府はその様な金を予算に入れて居ないのだから、埋没しても、惜しいとは思いはしない。」

 法師は全く失望した。「アア、何とか貴方がたに信じられる様な言葉は無いのでしょうか。」
 実にその様な言葉が無いのだ。法師は思い付いた様で、

 「アアこう致しましょう。私が必ずしもその場所に行かなくても、どこそこと言葉で言いばその場所ははっきりと分かりますから、どうか、私をこの牢に置いたままで、貴方が行ってお堀ください。そうして実際にその金が有ったら、その中から五百萬円引き去ってそうして私を釈放して下さい。ここで貴方がよろしい、そうすると名誉に賭けて誓って下されば、私は貴方の誓いを信じて、直ぐにその場所を言いますから。」

 いかにも最もな考えである。これ以上に真実と思われるような言葉は無い。
 これがもし、昔の国王の政府なら、兎も角言葉に従ってその場所を調べて見るくらいの手続きはするだろう。昔の国王は全く自分を神聖なものと信じていて、自分のすることに間違いは無いと思い、もし、笑うものが居たら直ぐに捕らえて刑に処したが、今の政府や王様はそうは行かない。

 世の物笑いということを、ひどく恐れる。もしも、一囚人の言葉を信じて大金があるともの思って、実地検査の役人を派遣したと知られては、そのために地位の土台が不安定になったりもする。

 巡視官は最早や聞かない振りで、「この牢の食事はどうだ。先刻の返事では良く分からないが。」
 梁谷法師;「五百万円を六百万円にしても、実地をお調べくださることは出来ませんか。」
 巡視官;「食物はどうかと聞いているのだよ。」

 法師;「その額を倍にしたらどうですか。1千万円に」
 巡視官;「こちらの問いに答えずに。」
 法師;「貴方もです。私の問いには答えず、ナニ、耳が有っても節穴同然の人にもう何事も言うにおよびません。政府が私の訴え聞いてくれなくても、神が必ず、遅かれ早かれ聞いてくれます。」

 こう言って、身に纏(まと)っていた寝台の上敷きを元に戻し、再び床に俯(うつむ)いて先ほど書きかけていた幾何学的計算に又取り掛かった。巡視官の言葉も耳には入らない。

 巡視官は監獄所長に向かい、「何を計算しているのだろう。数字などが書いてあるが。」
 所長;「例の宝を数えているのでしょう。何時でもこうですよ。」 巡視官;「この法師は入獄の前にその様な大金を得そうな場合が有ったのだろうか。」
 所長;「得た夢を見たのでしょう。そうして、気が違って目が覚めたのです。アハハハハ」と自分の洒落に感心するように笑った。

 何だか巡視官は気にかかるところが有る牢を出ながら、「ハテナ、彼が莫大な軍用金を集めたわけでもないし.それとも彼の仕(つか)えていたスパナダ家に昔からその様な大金でも」と呟(つぶや)くのは、どうも法師の様子に、発狂のみとも思えないところがあるためである。」

 やがて思い切ったように、「いや、スパナダ家はあの通りの貧乏だった。矢張り嘘を言っているのだ。」こう言って去ってしまった。これで、この法師の願いが全く断えた。

 この後で、巡視官は、団友太郎への約束を守り、典獄《監獄所長》の所にある囚人の記録を調べて見た。団友太郎と見出しを付けてある一か条は手蹟が他と違っている。これだけは代理検事蛭峰が書いたのだ。特に罪状として記してあるのは下記のとおりである。
  
 団友太郎・・・ナポレオンの帰国に、最も力を尽くした一人。過激な王朝転覆論者、釈放すると人身煽動の恐れあり。公に裁判するのは非常に危険ある見込み。

 裁判に引き出してさえ人心を激動させるおそれがある。なるほど、これでは裁判に回せないのは無理も無い。この様な危険な人物を単に人間社会から取り除いて、人の知らないところに隠してしまうのは、未だこの頃では、政府の秘密政略となって居た。

 ましてや、囚人自らが恩人のように認めている蛭峰検事補が、これほどに書いたのだから、よくよくの事に違いない。巡視官は自ら筆を執って、上の記録の余白に、「如何ともこの外の処分なし」と書き添えた。これで団友太郎の脈も絶えた。

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