巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

gankutu272

巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2011. 9.13

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

二百七十二、『結末』 (四)

 番人は足を止めて話し出した。勿論伯爵の知らないことではない。三十四号の囚人と二十七号の法師とが地の下に穴を掘って密かに交通していたことから、その法師の死ぬに及んで34号が死骸となって袋に入り、海に投げ込まれた次第までをほとんど自分で見たように語り終わった。

 伯爵はよそ事のように、「袋のままで海に投げ込まれて、その三十四号とやらは、もし生き返えりはしなかったのだろうか。」
 番人は又あざ笑った。「どうしてその様なことが出来ますものか。先だってもパリーの政府で何か取り調べる必要があると言ってその三十四号のことを訪ねて来ましたよ。やはり貴方と同じようにもし生き返った疑いは無いだろうかなどとお問い合わせでしたが、崖の高さや水の深さまで測量し、なるほどこれでは生き返った恐れは決して無いと鑑定して帰りました。」

 さてはこれがあの蛭峰から出たことであるのだ。彼が巌窟島伯爵をもしや団友太郎かと疑って取り調べて見たけれど、友太郎が死んだに相違ないことを見届けて、さらに見当の付かない事になった様子は彼が自ら言ったことに分かっている。それにしても崖の高さや、水の深さを測量するまでに綿密に調べたとは思わなかったが、そのようにまでしたとすれば、実にこの身に取り危険な次第であった。

 少しのことで本性を見破るられる一髪の間際まで押し寄せていたのだと伯爵は密かに身震いして、かつは又蛭峰の憎さをも感じながら、直ぐ語を継いで、「シタがお前はその頃この監獄に勤めていたのか」と問うた。
 番人;「イヤ、私はその少し後に雇われましたけれど、今では私が一番古いのです。それに私の来た頃は、三十四号を海に投げ込んだ人足やその土牢を預かっていた安頓(アントン)という番人などが皆揃っていましたから、私はその者共から直接聞きました。少しも事実に間違いはないのです。」

 そうだ、そうだ、なるほどその時の番人は安頓という男であったと伯爵はその名を思い出すと共に、その容貌から、その我が身を取り扱った様子までありありと思い出し、たとえ我が復讐がひど過ぎたにしても、とがめられるところはないというような気が起こった。この上にもしその三十四号の部屋を見れば、いよいよもって心の咎めは薄らぐように思い、「どうぞその囚人の居た部屋を見せてもらいたい。」と請(こ)うた。

 しかし、伯爵がその室を見たいと言うのは単に自分の気の咎めを消したいばかりのためではない。心の底に深い懐旧の情が湧き、唯何となく見たいとの念に我慢し切れなかったのだ。
 番人;「貴方さえ恐れなければ、ここまで来たから見せて上げましょう。」言葉と共に穴のような暗い廊下を奥へ奥へと入り、「サア、これです。」と言ってとある入り口を指し示した。

 伯爵はその入り口を見るだけでいよいよ感激を深くして、ただその身が十有四年の間、この様な所に生きながらえることが出来たのを不思議にそうに思い、天の意と神の助けの加わるにあらずばどうして今日の日があるものぞと、ひたすら神に感謝する心が湧き出た。

 しかしなお室の中にまで入って見たい。ただ戸口には古い閂(かんぬき)《戸が開かないようにする横木》が、石に錆付(さびつ)いた鉄の棒など共に残り、人の入るのを遮るようになっているので、自ら手を掛けてこれらをはずし開くと番人は驚いて、「貴方はこの中にお入りなさるのですか。」

 伯爵;「折角来たのだから入らなければ話にならない。」
 番人;「だって、この暗い中へ、とても入る事は出来ず、例え入ったとしても何にも見えはしませんよ。」
 伯爵;「ナニ、俺の目は暗がりでも良く物を見ることが出来るから大丈夫だ。」
 番人;「では貴方の目は丁度三十四号の囚人のようですね。彼はこの暗いところで針のような細いものをでも見分けることが出来たと言いますけれど、旦那、私の目はそうでは有りませんから、少しお待ちなさい。提灯(ちょうちん)を取って参りましょう。」
伯爵;「イヤ、それはご苦労だ。」と労(ねぎら)いながら握らせたのは二十フランの金貨である。

 喜び勇んで番人が去った後で伯爵は直ぐに三十四号室に入ったが、我が眼力は少しもその頃に比べて衰えていない。初めのうちこそ多少の暗さを感じたものの、間もなくほとんど針ほどの物をも見分けることができるようになり、先ず部屋の全体を見渡すと、我が身が転々反側したそのベッドさえ存している。これを見ると実に旧友に廻(めぐ)りあったような気持ちがして一種の懐かしさが胸に溢れた。

 「オオ、汝は、永年汝と添い臥(ふ)したこの情夫が帰って来た事も知らないだろう。浮世の波風に心も労せず、一旦置かれた自分の位置を何時までも守っている汝こそは幸せなものだ。」と言い、更にその後ろを覗けば、二十七号の梁谷法師と行き通った穴の道には、石が詰まり、その跡形だけ残っている。それもこれも心を動かすだけの種であるのに、又翻(ひるがえ)って一方の壁を見れば、ここには又一層の記念が沢山ある。

 第一に何かの数取りの様に刻み付けたへこんだ筋は、初めの頃の月日を忘れないために規則正しく記した心覚えである。これを頼りに父の年、お露の年、又我が身の会い見ぬ年月を数えていたのだ。又少し一方に寄れば血の跡がある。これは我が身が絶望の極、頭を砕いて死のうと思い、額を打ち付けた跡と分かる。

 アアこの身はこれ程までの虐待を受けていた。これに対しては、どれ程残酷な復讐を遂げたとしても、足りるものか。これでさえ十分であるのに、まだこの上にそれよりも恐ろしい跡が有る。伯爵はこれらの記念を見比べるうちに、心がほとんどその頃の有様に返ってしまい、闇の中に眼は物凄(ものすご)く光り始め、口は恐ろしい呪いの言葉を洩らした。

 「エエ、復讐が過ぎはしない。未だ足らないと言っても良い。既にあの段倉のごときは、この身の力で弁太郎を使って、その家の名誉を崩壊させ、名誉よりも大事としている財産も失わせ、パリーに居ることが出来ないようにして放逐(ほうちく)《追い払うこと》したけれど、彼はなお五百万フランというこの身の受け取り証を持っている。それをローマの銀行で現金に引き換えてこの上又どのように再挙するかもしれない。あらかじめその辺のことをも考えて一通りの手当てはして置いたけれど、どうしても命の尽きるまで責め付けなければならない。天意がまだこの身に添うているならば、必ずその通りに運ぶだろう。」と充分な確信を呼び起こしながらも悔しそうに呟(つぶや)いた。

第二百七十二回終わり
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