巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

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gankutu39

巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

三十九、脱獄の再挙

 誰を怨んだら好いだろう。今までは自分の敵が分からなかった。誰の仕業で自分が有りもしない罪の密告を受け、誰の仕業で裁判も判決も受けずに土牢の底に埋められたのか、幾ら考えても推量できなかった。

 今は梁谷法師の推察で何もかも手のひらを返すように分かってしまった。実に密告者は段倉と次郎である。そうして自分を土牢に埋めたのは蛭峰検事補である。考えれば考えるだけその訳が良く分かった。いよいよ疑う余地が無いほどになって来た。

 全く一夜を、友太郎は考え明かした。何で今までこの明白な事柄が分からなかったのだろう。実に自分の愚かさが納得できなかった。もしも牢に入れられた頃、この事が分かったならば、夜と無く昼と無く天に祈り、今までのうちに彼らをのろい殺していたものを、天に口無し、天に手無しとは言え、わが身のこれ程までの苦痛、彼らのこれほどまでの残虐が、どうして天に通じない事があるだろう。

 祈っては又祈り、我が一命を天にささげて哀願したなら、天も或いは火を降らして彼ら悪人を焼き殺したかもしれない。わが身が受けただけの苦痛を、彼らに受けさせなければ、百年、千年、我が魂は休まる時が無い。

 彼は再び復讐の念を燃やす事になった。どうしてもこの土牢を抜け出して、ひとたび彼らの前に立ち、団友太郎が地の底へ埋められたまま終わる男でない事を、知らさなければ成らない。と言ってどうすればこの土牢を出られるか、それを思うと又絶望するばかりだ。

 夜も昼も、この日から彼は天に祈った。わが身をこの牢から救い出し、この仇(あだ)を返さして下さい。それが出来なければ、ゆるい火を天から降らし、少しづつ、すこしづつ彼らを焼き殺してください。との祈りが絶えず彼の唇に掛かっていた。

 しかし、彼はこの様な間にも学問は怠らなかった。もしもこの願いが天に届き、牢を出られる時が来ても、学問が不足していては、充分に復讐の手段を考え出す事が出来ないかもしれない。案出する事ができても実行をする事が出来ないかもしれない。

 自分の体の力、心の力、知恵の力を総て養って置かなければならない。肝心の養ったその力を、用いる時も無くこの牢の中で老い死ねばどうするのだろうとの心配は彼の心に浮かび出る余地は無い。

 一年、二年、又空しく経ってしまったが、その間に、何時の頃よりか知らないけれど、彼の師と頼む梁谷法師の様子が少しづつ変わって来た。元は少しも物事に動じない気質で、喜びも悲しみも人には悟らせなかったけれど、次第に心が沈む様子が何事につけても現れるようになった。時々は深いため息を漏らす事さえある。

 ああこの英雄もついに獄中の苦しみに打ち負けて、切に身の上のはかなさを感じるのだろうか。機会があったら、脱牢の再挙を説き進めて見ようかと、友太郎がこう思ううちに、ある時法師は独り言の様に、イヤ、心の底で呟(つぶや)く言葉が我知らず外に漏れたように、

 「エエ、牢番さえ居なければ、」との一語を発した。友太郎は飛び付くように、「我が師よ、我が父よ、牢番や番兵などは、あっても無いのと同じ事です。まさかの時には友太郎がつかみ殺してしまいます。」
 法師はがっかりした様子で、「それがいけないのだ。何時かも言った通り、自分のために人を殺す事は神が許さない。俺の奉じる宗教はその様な教えではない。」

 話はこれだけで終わってしまったが、この後又三月ほど経て、法師は突然に、「お前は力は強いのか」と聞いた。友太郎は無言であの鑿(のみ)を取り、これを二つに曲げて、又もとの通りに引き延ばし、「この通りです。私の腕力は水夫の中でも疑う者は降りませんでした。」

 法師は満足の様子で、「お前はどの様な場合でも決して牢の番人を殺したり、又傷つけたりして血を流すような事を「しない」と約束するか。」

 友太郎はその意を察して「師よ、我々は罪なくしてこの様に捕らわれて居るのです。牢を抜け出すのは当然です。権利です。その権利を行うのに、もし、邪魔する奴が居れば、前に貴方に教えられた正当防衛です。護衛の二人や三人殺すのは、場合により止むを得ないではありませんか。」

 法師は又ため息をついて、「お前がその様な意見ではもう断念するだけだ。」といかにも落胆の様子で言った。友太郎は真実の父にでもすがるように、法師の身にすがりつき、「許して下さい。師よ、私はただ貴方の命のままに従います。貴方から指図の無いうちは決して血を流すような事はしません。」

 法師;「では、最後の場合に至っても人に傷をつけないと誓いを立てるか。」
 友太郎;「誓います。誓います。」
 法師;「それではもう一つ計画がある。」と言いながら、あのシャツの布切れで作った紙に手製のインクで書いた図面のようなものを出して示した。

 良く見ると、法師の室と友太郎の室とを本にして推量をして作った牢の案内である。廊下の屈曲から番兵の居るところまで総て記してある。
 友太郎;「これをどうするのですか。」

 法師;「俺はこの室に居る間は良く分からなかったが、お前の室の位置を知ってから今まで何年もの間、日夜ただこの牢の作りだけを考えたが、今は自分で、目で見た通りに分かって来た。それでこの図を作ったのだが、お前の室へ通う穴のある点から二十尺(六メートル)横に掘って行けば丁度夜の番兵の立つ足の下に達するのだ。底に大きな穴を開け、落とし穴を作って、そうして、闇の夜を待ち、番兵が立ったところで、下からその立っている敷石を外し、番兵を穴の底に落とし、猿轡(さるぐつわ)を食(は)ませ、海岸の方に逃げて、縄梯子で塀を越えて、海の水際に下りる。」

 友太郎は喜んで、「直ぐに実行に着手しましょう。」
 法師;「実行の手段もそれぞれ考えて決めてあるが、その番兵の落とし穴に落ちた時、お前は血を流さないように、猿轡を食ませる事が出来ると思うか。」

 友太郎;「出来ますとも、血も流さなければ、声も出させません。請合います。」
 法師;「それでは着手しよう。」
 相談は直ぐにまとまって、この日が暮れるとともに、いよいよ、第二の破牢の企てを始めた。どの様に成功するだろう。

第三十九回終わり
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