巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

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巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

四十六、第三回の発病

 実に天が法師の口を借りて私に宝の在り処を教えるのであろうか。他日私の手を借りてその宝を使わせるのであろうか。
こう思うと友太郎は何だか、自分がこの土牢に入れられたのが恨めしくないような気がした。真に天の配剤で、自分がこの宝を使う人に選び出され、そのためにこの牢に入れられる様なめぐり合わせになったのかも知れない。

 いよいよそうとすれば、何時、どの様にしてこの牢から出られるのだろう。怪しむのさえ何だか夢の様な気にさせられる。
 何にしても法師の半身不随の直る時までは、牢を出ることは出来ない。何でも自分は一心に法師の介抱をしなければならない。そうして法師の回復を天に祈るほかには、自分の用事と言うものはない。

 このように思い詰めて、彼はこれよりただひたすらに法師を介抱した。けれど無益である。法師の片手、法師の片足は枯れ果てた木のようである。力の芽を吹く時が絶えて来ない。
 娑婆ではきっと花の咲く春だろう。きっと月の照る秋だろうと、推量の出きる事項を又も何度と無く牢の中で過ごした。

 けれど、ついに逃げ出すような場合は来ない。その上、生憎(あいにく)何十年に一度と言う監獄の修繕の時が来たと見え、先年法師と友太郎とで逃げ道を掘って置いた彼の廊下の方面がほとんど地の底から改修された。たとえ、法師が回復して、再びアノ様な逃げ道を作ろうとしても、今度は到底見込みが無い。

 こうなると月日が長い。最早や法師が病気になって以来、一代も二代も経ったような気がする。その間も法師は絶えず友太郎を教育し、友太郎の性格を天晴れの人物に仕立て上げる事ばかりを楽しみ、そうして合間、合間には大金の使い道などを、あれこれと想像しては語って聞かせる。

 その言葉によると、成る程二百万クラウン以上の金を充分に働かせるのは実に難しいものだ。二百万の兵を使うよりも熟練を要するかもしれない。その代わり又、これを巧みに働かせる時には、実に恐ろしい程の大きな仕事ができる。およそ人間の範囲にある目的ならどの様な事でも達する事が出来ないものはないようだ。

 友太郎は注意してその言葉を聞いた。そうして、その後では、必ずその方法と自分の復讐と言う大目的に応用し、これだけの金を、如何使えばどれほどの復讐が出きるだろうと、心の底で研究した。
研究したところで、実際にその研究を行う時が来るだろうとは思わない。ただ彼はこれを想像して工夫するだけでも、せめてもの腹いせである。

 復讐の工夫は長い月日の間だから、何通りも出来た。ほとんど、有り余るほど、胸に蓄えている事になった。ただその工夫を、ただの一つも、十分の一も行う真似事も出来ないのが情けない。いっそ、工夫などしないほうがましかもしれないと、自分で疑う時もあった。

 ある夜のこと、矢張りこのような事をあれこれ考えて、寝台の上で眠る事も出来ずに夜更かししていると、たちまち法師の室の方から、鋭い叫び声が聞こえた。勿論五十尺(十五メートル)以上も離れているから、聞こえたと言っても良くは分からない。けれど、何でも法師の声に違いない。前の発病の時に聞いた絶叫と似たようにも思われる。さては法師が常に恐れる第三回の発病が来たのかも知れないと、友太郎は枕を蹴るほどに起き上がり、直ぐに法師の室に穴の道を出来るだけ早く馳(は)せて行った。

 果たして、その通りである。法師の顔は前の発病の時よりも、もっと苦しそうな表情を浮かべ、物を言うのさえやっとで、「オオ、友太郎、良く来てくれた。とうとう第三回の発作がやって来た。」 友太郎;「エ、エ」
 法師;「今度こそは助からないから、これが別れだ。お前の手を握らせてくれ。」
 友太郎は気も転倒するばかりに、「牢番を呼んで、医者でも来てもらいましょうか。」
 法師;「その様なことが出来るか。お前が牢番を呼べば直ぐに穴の道まで知られて、どの様な目に会うことになるかわからない。」
 成る程、それはそうだ。
 
 友太郎;「でも何とかしなければ」
 法師;「イヤ、何をしても今度は助からない。」
 友太郎;「その様な事は有りません。前の発作の時も命を取り留める事が出来ましたから、今度も必ず取り留めます。取り留めます。」
 法師;「イヤ、前のとは違う。俺にはもう、命の絶えることが良く気持ちに分かっている。何をしても無駄だ。どうか今夜を生涯の別れだと思ってくれ。」

 友太郎;「エエ、生涯の別れ、貴方に分かれては私がただ一人、どうしてこの土牢の底に居られましょう。何とかして取り留めなければ、父よ、父よ、何とか方法があるでしょう。どうか指図してください。オオ、前に用いた薬があるでしょう。まだ十分残っているはずです。」
 と言いながら、法師の寝たままの寝台を片方だけ軽がると持ち上げて、その足にある隠し穴から赤いあの薬を取り出した。

 法師;「如何したとて無益だけれど、、お前の気が済むように指図しように指図だけは残して置く。前にしたことと同じように、俺が死に切った様になるのを待って、今度は十二滴だけその薬を俺の口に垂らし込んでくれ。そうして半時間ほど待ち、何の効き目も見えないときには、あるだけの薬を残らず口に注ぎこんでくれ。どうせ無駄は無駄だが。」

友太郎;「無駄などとその様な心細いことを言わずに何が何でも生き返るといってください。気さえ確かなら必ずーーー」
 と言葉が終わらないうちに、法師の身に大痙攣が始まって、声をも立てた。もがきもした。前に見た状態より何もかも一層激しく、全く両眼が飛び出すかと思われる様子とはなったが、もがきもがきに、叫び叫んで、とうとう死人となってしまった。

 その叫んだ声は言葉にはなっていないけれど、最後に友太郎が聞き分ける事が出来たのは「大金」「モント・クリスト島」という語に良く似ていた。
 これ切りもしこの人が死んでしまえば、如何しようとの念が友太郎の心に満ちて又満ちた。けれど、どうしようもない。指図の通りに、前の時行った通りに、全く死人の状態になってしまうのを待った。

 そうしてあの薬を十二滴、噛み締めた歯を鑿(のみ)でこじ開けて、垂らし込んだ。けれど、今度は何の効能も無い。もうこの上は最後の手段に訴えるだけになり、最後の手段は薬を残らず垂らし込むのだ。これで、もし効き目が無ければ如何しよう。イヤ、何とも仕様が無いのだから、何が何でもこれで生き返らなければならないのだ。

 一心込めて神の助けを祈りながら、半時間経ったと思う後に、ビンの薬を残らずその口に注ぎ込んだ。前の分量より倍以上もある。これが法師の霊に通じたのか、全身に再び強い痙攣を引き起こし、又も歯をギリギリと噛み鳴らして両の目を張り裂けるばかりに開いた。眼に浮ぶ苦痛の様子は何ともたとえようが無い。

 そうして、その眼は徒に空を射て光ったが、幾ら霊薬の力でも天の定めた寿命に勝つ事はできない。目を開いた以上には何の反応も無い。夜の明ける頃に及んで全くあの世の人となり終わった事が分かった。
 友太郎は寝台の下に転がって大声を出して泣いた。

第四十六回終わり
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