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黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

四十九、監獄の墓地

 松明(たいまつ)を持っている牢番はあざ笑うように言った。「重いといっても知れたものだよ。お前らが怖気(おじけ)づいて、早や自分の腰が半分抜けかかっているから、それでなお更思いように思うのだよ。」

 この言葉で担(かつ)ぐ二人は「何の」という気を出したらしい。荒々しく袋の中の友太郎を持ち上げて、寝台から担架の上に移した。もし今の言葉が無くて、一同がこの死骸の重いのを怪しんで、袋の中を調べでもしたらどうだろう。それこそ珍しい事件が引き起こる所だった。けれど彼らは、勿論袋の中に法師の死骸より外のものが入っていようとは思いも寄らない。そのまま担架の両端を担ぎ上げながら、

 甲;「時に錘(おもり)は如何(どう)したのだ。」
 これは松明を持った奴が問うた。
 担ぐ奴;「ここから錘を付けて行くことは無い。墓場の辺に置いてあるよ。」
 甲;「成る程、それで良い。葬る時に付けるのか。」

 錘とは何の事だろうと、友太郎は袋の中で怪しんだが、アア、こいつらの間に決めてある何かの略語に違いないと思い直した。間もなく担架の両端は持ち上がった。
 乙;「オオ、松明がそう早く行っては、俺たちは暗闇で躓(つまづ)くよ。石段を上がって廊下の外に出るまではゆっくり行ってもらわなくては。」
 甲;「臆病者め、明かりが遠くなれば恐ろしいのだな。その様な事で牢番が勤まるか。」
 
 牢番が勤まらなければ男ではないと思っているような口調である。やがてゆっくりと歩き出して、石段をも上がった。そうして又少し行くと外の夜風が冷ややかに当たる事が袋の中にも分かった。しばらくすると早や監獄の構内を出たと見え、波の音も近く聞こえる。墓地は海岸に沿っていると見える。一歩一歩波の音が近くなり、そして担ぐ奴らの足が段々と高いところへ上がる様子だ。ア、ア、何でも岬の頂辺(てっぺん)にあるのだな。
色々に思ううち、三人の歩みが止まった。

 甲;「ここで良い。ここで良い。」
 声に応じて袋は担架と共に大地に置かれた。
 乙;「オヤ確かにこの辺にあの錘(おもり)を置いたつもりだが。どれ松明を貸してくれ、探すから。」
 甲;「ウン」

 と言ったのは松明を渡したのだろう。松明がそこここと振り照らされている様子も分かる。それにしても錘とは何であろう。このように探すところを見ると確かに私を葬るために、無くてはならない品と見える。アア、地を掘る道具にこいつらが付けている異名だろう。鋤(すき)か鍬(くわ)のようなものに違いない。

 余ほど友太郎は、この間に袋を切り破って逃げようかと思った。手にナイフを持っているし、イザと言った咄嗟(とっさ)の間に袋を切り破る用意をしているけれど、少しためらった。待つうちにはもっと好い場合が来るかも知れない。

 松明は又も担架の傍に戻って来た。
 乙;「あった、あった、これを結びつければ好いのだ。」
と言って地面に何か一物を置いたが、全く本当の錘らしい。置く時にヅシンと地響きがするように聞こえた。その錘を結び付けるとは何処に結び付けるのだろう。疑う間もなく袋の上から堅く友太郎の足を縛(しば)った。アア、錘は足に結び付けたのだ。縄目のために足が痛いほどである。

 甲;「それで良い、サア、俺が一二三の声をかけるから、よっぽど大きく振って弾みを付けなければいけないよ。何時かも翌日向こうの岩に打ち上げられてひどく典獄(所長)に叱られた事があるから。
 何の事だかますます分からない。
 乙、丙共に;「よし来た」と言い、担架の上から袋だけを持ち上げた。
 乙;「これほどこの岬が出っ張っているから、真っ直ぐに落ちたところで、水際より余ほど先のほうに行くよ。」
 丙;「それに水際からして、深さが知れないほど深いもの」。

 さては、さてはと、友太郎の心に何だか納得の様なものが浮かびかけた。浮かんでまだ驚く間もないうちに、甲の奴から号令の声が掛かった。
 「サアー、一、二」声と共に友太郎の体は強く弾(はず)みを付けるように、中に振られた。そうして、「三アーン」とかける声諸共、そいつらの手から放れて、空中に投げられた。

 アアこの泥埠要塞で墓地と言うのは、海原(うなはら)の事を言うのだ。海が即ち監獄の墓地なのだ。そうして葬るとは、海にかぶさる千尋(せんじん)の崖の上から、死骸に重い重い鉛の錘を付けて投げ落とし、再び浮かび上がらないように水の底に沈めてしまうのだ。船員が船で死んだのを水葬するのと同じ事である。

 友太郎は袋の中で、自分が錘と共に、空中を下へ下へと落ちて行くのを感じた。勿論非常な速力で落ちるけれど、余ほど崖が高いと見え、中々落ちる間が長い。十分に理解し、十分に驚く暇があった。彼は長い叫び声を落ちる途中で発した。錘を付けての水葬では到底助かる道が無いと知った。

 ややあってザンブと上がる水しぶきと共に、叫び声は溺(おぼ)れて消えた。後はただ波の怒る漫々の海である。何処に沈んだか海の表面には一つもその痕(あと)を留めないのである。

第四十九回終わり
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