巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2010. 12. 20

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

五、次郎は青くなった 

 懐かしい友太郎の呼び声に、お露は顔もくずれんばかりに笑み喜んで次郎に振り向き、「それ、ご覧よ、友さんが来たじゃないか。」と言い、更に「友さん、友さん」と窓に向かって呼び返した。次郎は青くなった。出し抜けに、道でマムシに逢った人でもこれほどは色を変えない。身をもぶるぶると震わせて、はらわたの底から出て来る深い深いため息と共に、尻餅をつくように隅の方の椅子に落ち込んだ。

 真に無残な敗北の様ではある。入って来た友太郎はそうとは知らない。ただ嬉(うれ)しさの一方でお露と抱き合い「オオ、お露か」「友さんか」「俺は逢(あ)いたくて、逢(あ)いたくて」「私だってどれほど待ち焦がれていたか知れない。よくまあ、無事に帰って来てくださった。」と互いにこのような言葉でしばらくの間は夢中だった。この夢中の間が人間の生涯に、一度か二度しかない、嬉しさの極点と言うものだろう。

 ようやく眼が部屋の中の薄暗さに慣れると共に、友太郎は隅の方に、非常に陰気な一男子が控えているのに気が付いた。しかもその男、顔に何とも言いようの無い怒りと苦痛との色を浮べ、ほとんど我を忘れた様子で、帯剣の柄を砕けるほどに握り締めている。

 友太郎;「ヤ、ヤ、この部屋に、外に人が居るとは知らなかった。お露、どなただ。」お露も全く、しばらく次郎のことを忘れていた。友太郎の問いに逢(あ)って、はっと思い、直ぐにこちらを振り向く眼に、ありありと、今にも次郎が友太郎を襲おうとする腹の中まで見えた。

 「コレ、次郎さん」と訴えるような声が、思わず口を衝いて出たが、中々落ち着いたところのある女で、直ぐに又声を和らげて「友さん、これはは私の大事な人です。兄さんも同様な従兄弟です。それはそれは貴方の留守にも私を大事にしてくださって、貴方に礼を言って貰わなければ成りません。」

 言葉で以て次郎の怒りに拍子抜けをさせるのである。
友太郎;「アア、次郎さんか、なるほど」こう言って友太郎は片手を次郎の方に出した。勿論手を握ろうとの礼である。けれど、片手にはなお、保護するように、お露の手をとったままである。

 次郎はお露のやさし言葉に、一時刀の柄を離したが、友太郎が手を差し伸べるのを見て、再び柄に手をかけた。彼は全く嫉妬の余りに、自分が何をしているか知らないのであろう。そして、体が何よりも震えている。

 友太郎はこの様子に眉をひそめ「おや、この家に、敵が居ようとは知らなかった。」次郎の様子は確かに敵の振る舞いである。お露は怒りを帯びて斜めにきっと次郎の顔を見、「何でこの家に貴方を敵のように思う人が居ますものか。もし居れば私は貴方と共に今すぐにここを去り、再び帰ってきませんよ。ねえ、次郎さん、私をこの家から追い出すようなことをする人が何でこの家に居るものか。」

 次郎は声も出すことが出来ず、身動きもすることが出来ず、ただ噛み締めた歯の間から又もため息を漏らしたが、眼はまだ殺気を帯び、友太郎の顔を射て光った。お露は叫ぶように、

 「もし、敵がいて貴方に怪我でもさせれば、生涯私はその人を恨みます。誰もこの家に、私に恨まれたい人はいませんよ。貴方がもしこの世に居なくなれば、直ぐに私はモルジン岬の一番高いところへ上がり、身を投げてしまいます。先刻次郎さんにもそう言いました。ね次郎さん」確かに最後の決心を示して、次郎をかつ戒め、かつなだめるのである。火のようであった次郎の顔は青い土のようになった。

 お露;「私に身を投げさたいと思う人が何でこの家に居ますものか。居るのは親切な次郎さんばかりですよ。私のためには兄さんも同じことですもの。それ、御覧なさい、次郎さんは貴方の手を握りに来るじゃありませんか。」こう言って更に目に力をこめて次郎の顔を見つめた。次郎は金縛りに逢(あ)ったようなものである。

 嫌々立って、嫌々友太郎の方に来て、ソッと右の手をさし伸ばした。その間も絶えずお露の眼が彼の身を縛っている。彼は手の先、イヤ指の先で、わずかに友太郎の手に触ったが、これが彼の我慢の最後である。あたかも熱鉄にでも触ったように、急いでその手を引き、長く長く呻(うめ)いて家の外に走り出た。

 ほとんど狂人のようである。悔しそうに自分の両手で自分の頭の毛をかきむしり「エエ、悔しい、悔しい、死んだ方がよい、生きていたとて仕方が無い。」となおも呻いて、ただ大地を見つめたまま、何処へ行くとも自分では知らないようで、一,二町(100~200m)も歩むと、
 
 「コレ、次郎さん、私が挨拶しているのに、知らない顔で行過ぎようとは、あんまり友達甲斐(がい)が無いじゃないか。」と肩をたたかれ、初めて顔を見上げると、ここは何時も自分の立ち寄る酒店の前で、相手はわざわざ自分を呼び止めに店の中から出て来たらしい毛太郎次である。中から段倉も声を添えて、

 「おまけに久しぶりで海から帰った親友が、一杯おごる積もりの親切で、この通り、徳利の口まで抜いて待っているのにサ、次郎さん、私の親切を無にする気か。」と言って、とうとう物を言わない次郎を酒店の中に引き入れた。この悪人共、どの様に次郎を焚(た)き付けるつもりだか。

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