巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

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gankutu55

巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

五十五、巌窟(いわや)

 友太郎が岩の間に落ちたと見て、二、三の水夫は直ぐにそのところに走って来た。見れば落ち倒れたまま起きる事もできずに、ほとんど気絶した状態である。兎に角船まで運ばなければ介抱が出来ないと言って、水夫の一人が抱き起こそうとしたところ、友太郎は苦しそうに叫んだ。「動かされては骨が砕けるように痛むから、このままにして置いてくれ。置いてくれ。」

 やがて船長までも来たけれど、どうしようもない。なにしろ体の痛みが激しい様子で、体に手さえ触れてくれるなと頼むのである。だからと言って船の出帆がもう差し迫っているので、ぜひ船までと、船長が繰り返し言ったけれど、友太郎は今この体を動かすほどならいっそ一思いに叩き殺してくれ、到底船まで運んで行かれる苦痛には耐えられないと言うばかりだ。

 友太郎一人の為に船の出帆を延ばすという訳には行かない。普通の船ならば兎も角、法律と税関の目を掻い潜って商売する密輸船だけに、一刻の間違いも船全体が拿捕(だほ《捕まえられる事》)される事にもなるのだ。全く止むを得ない事態なので、友太郎一人をこの島に残して出帆する事になった。

 出帆して七日目には又この沖を通るので、その時ここに立ち寄って、救って連れ帰ってやると言う事になった。それにしては七日間の食物が無くてはならないからと、パンと缶詰めの肉などを支給して、更に友太郎の頼みにより、もしも明日にも体の自由が利くことになったら、雨露のしのぎにどこかに穴を掘り救われるまでその中で寝起きをしなければ成らないからと言って、穴掘り用の撞木鍬《スコップ》一丁と斧一丁とを、船から持って来て与え、そうして船は立ち去った。

 船が最早一里(4km)以上も立ち去ったと思われる頃、友太郎はゆっくりと立ち上がり、「アア、どうにかしてこの身ただ一人、この島に残りたいと、色々口実を探しているうちに、思わず岩の上から滑り落ちたので、自然に力強い口実が出来たのは幸いだった。本当に何もかも、運の神が助けてくれるようである。」

 一人呟(つぶや)いて岩の上に上り、四方の海を見渡したが、遠い船は早や、海の上を飛ぶ鳥の影と見えるほど小さく見え、最後にここを出た自分の乗り込み船はといえば、それもほとんど水平線に隠れようとしている。

 これならばと安心して、前に見た海岸に出て、先ず島の東の端から再び調べ始めると、昔宰相スパダがこの島に密航して、多分は船をこの所に隠してつないだろうと思われるような岩陰の湾も有る。ここから遺言書に有る指示の通りに辿(たど)って行くと、どうしても先ほど見届けて置いた彼の茂みの所が穴の入り口に当たるのだ。

 この時既に黄昏(たそがれ)の頃とはなった。けれど、ひるまず、先ず茂る雑木を押し開き、開きにくいところだけはおので切り開き、奥へ奥へと進み入ると、その行き止まりに、大きな岩が立っている。これがどうやら巌窟の入り口らしい。入り口の戸としてこれを立ててあるのだろう。

 けれど十人も掛からなければこの石が中々動きそうにも無い。もし宰相スパダが一人ここへ忍んで来たとすれば、どの様にしてこの石を立てたのだろう。あちらこちらと眺めて見て、流石は永く土牢で物事の推量にのみ心を委ねただけ、又知恵逞しい梁谷法師の教えを受けただけに、間もなく理解する事が出来た。

 この石は上の方から滑らせてここまで落としたので、天然の重さを利用したために。一人の力でここに立てることが出来たのだ。上下の地形から考えてそのことに疑いを入れる余地は無い。そうすれば、自分も矢張りその様な工夫をもって独力でこの石を動かさなければ成らない。宰相スパダもこの石を一人で立てた上に、又一人で取り除けもし、何度もここに来たのだろうから。

 こう思って又も知恵を絞ったけれど、遂にその工夫が思い浮ばない。そのうちに日も全く暮れたので、一夜をこの石の陰で、考えながら明かしたが、夜が明けた後で少し心に浮ぶことがあった。

 この朝も第一番に岩の上に登り、この島に人も居ず又近海に船もないことを見定めて置いて、あの大石の周囲を掘って見た。果たして、その一方に一個のやや平たい石を栓とも、楔(くさび)とも言うべきように打ち込んである。これでもって石の一方の重みを支えているのだ。

 勿論、年月を経たことであるから、大石と楔石の間を隠すためにかけた土には草も生え、苔も蒸し、別々の石とは見えないようになっている、。けれど、もしこの楔を抜き取る事が出来れば大石は自然にこっちに傾いて、どこかへ人が入れるほどの隙間が出来るに違いない。

 とは言え、下の石には上の大石も重みが加わっているのだから、矢張り一人で抜き取る事はできない。もし火薬でもって破裂させたらどうだろうと思い、試しては見たが、石に火薬を入れるだけの穴を開ける道具は無いから、十分な効果は無い。

 今度は手ごろな木を切ってこれを梃子(てこ)にして見た。そうして楔石の周囲の土を取り除いて、もう好いだろうっと思う頃、これに梃子を当て、ねじり動かして見たが、こちらは少し効果があった。
 
 何度か掘っては、又何度か梃子を当て、少しずつ、少しずつ、楔の石を動かして、ついに我が身の力がもうこれ以上は続かないという頃になって、ようやく楔石を外す事ができた。これが外れるまでに大石も少しずつ傾いたが、遂には見込みの通り、上の方に人が入れるだけの隙間が出来た。

 石の上に登り、その隙間(すきま)を覗いて見ると、中は果たして岩穴である。十四年の間土牢の暗さに慣れた彼の目には、穴の中が暗くても大抵は分かるけれど、案外穴の中は暗くは無いのだ。何処からか明かりが差し込むところがあるように思われる。

 それに大石の裏がよじ登ったり、降(くだ)ったり出来るような形である。これで目的の第一歩には達した。この後は穴の中かに入り、宝の有無を調べるだけだ。

第五十五回終わり
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