巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

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gankutu58

巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2011. 2.11  

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

五十八、悲しい消息

 父友蔵はどうしただろう。お露の身はどうなっただろうとは、十四年来絶え間もなく友太郎が気にかかっていた心配である。今はそれらを聞き確かめるため、ジャコボをマルセイユへ立たせたから、遠くもなくその辺の消息が分かるであろう。

 ジャコボ船が出帆して間もなく、友太郎はゼノア市に行った。ここは空前絶後の大航海者コロンブスを産んだ土地だけあって、当時、造船術においては、地中海第一と言われ、特に各国の貴族や物持ちが贅沢に作る遊船《レジャー用船》はこの市で作らせるのを誇りとした。

 この市ほど丈夫でしかも快速力の船を作る事ができる所は他になかったのだ。丁度、友太郎が着いた時に、その港で試運転をしている遊覧船が有った。これは英国の金持ち何某が四千フランで注文したとの事で、今までゼノア市で作った中の第一等と言うことであった。

 船の知識を充分備えている友太郎は、この船が申し分のない出来であるのを見て取り、直ぐにその製造者を訪ね、自分の方に六千フランで売り渡してくれる様に申し込んだ。六千フランとは非常な利益だから造船者の心は動いた。特に注文主がエジプトに向けて立ち、今から1ヶ月後にならなければ帰らないとのことで、その間に別な一艘を新たに作る事も出来るため、ついに造船者は友太郎の申し出に応じた。

 直ぐに友太郎は造船者を連れて、この市で手堅く銀行業を営んでいるユダヤ人の店に行き、店主と共に奥の間に退いたが、やがて出て来るや否や、店主はニコニコして造船者に六千フランを払い渡した。
 造船者は何度も友太郎に深々と礼をして、「もし、船長がご入用でしたら、どの様な人でも雇って差し上げます。」と言った。

 けれど、友太郎は自分で船を動かすのが道楽だと答えて、これを断り、更に船の中に秘密の倉庫を作り加えてくれと命じた。
 秘密の倉庫はかって友太郎が梁谷法師に教えられた案がある。その案をそのまま授けて作らせたが、間もなく思う通りに出来上がったので、友太郎はただ一人その船に乗込んだ。

 土地の人々は聞き伝えて、港の辺りに群がり、何か見世物をでも見るように見物したが、自由自在に友太郎がその船を操る様子には、誰もが意外な感じを抱いた。

 見る間に船は港を出て、西南の方に去った。見る人々は様々に想像して、或いはスペインに行くのだろうと言い、イヤ、アフリカへ行くのだろう。イヤ、フランスだ、英国だとあらゆる地名を上げたけれど、誰もモント・クリスト島へ行くとは思うことが出来なかった。

 実際、この船はモント・クリストの無人島へ行ったのだ。しかもわずかに三十六時間で島の傍まで達したのは驚くべき速度である。 このようにして、友太郎は、昔スパダが船を着けただろうと思われる小湾に船を隠し、これから三日の間、巌窟(いわや)の中にある宝を、船の秘密倉庫に移し入れるのに専念した。

 三日とは言え、一人の力だから移し終わる事はできなかったけれど、移せるだけ移し入れて、その後は矢張り巌窟の中に隠しておいた。今度はそれぞれの道具をも用意してきたので、巌窟のうちも外も、誰にも分からないように、又分かっても入り込むことが出来ないに手当てをすることが出来た。

 次に友太郎は船で島の周囲を何度も周回し島の周辺の地形をしっかりと頭に入れ、又次に上陸して島の内部を全て調べた。島はその大部分が自然の花崗岩が固まったようなもので、このままでは何の役にも立たないが、色々な長所も短所もある。良く手入れすれば短所を取り除く事もでき、長所は益々伸ばす事ができる。

 彼は見終わった後にこの島全体をイタリア政府から買い取る事に決めた。何の収穫も所得もないこのような島だから、安い値で喜んで売るに決まっている。買い取って自分の領地とも、はたまた記念ともするのだ。

 出発から八日目の夕方になってシャコボの船は命令の通りこの島に帰って来た。ジャコボは近海の船乗り仲間に広く知られている男だから、早や自分の船にはそれぞれ水夫などを乗せている。
 この船が近づいて来ると見ると、友太郎はいよいよ我が父友蔵と我妻になることが決まっていたお露との恋しい消息を知る時が来たと思い、ほとんど自ら制する事が出来ないまでに胸を高鳴らせた。

 やがてシャコボ一人を自分の船に乗り移らせ、
 「どうだった、ジャコボ」
 平気なように問う言葉に非常な心配がこもっている。
 シャコボ;「はい、友蔵と言う老人は千八百十五年の秋の末に、死んだようです。それからスペイン村のお露という女は、矢張りその頃からどこに行ったのか、いまもって、誰も見たものが居ないと言う事です。」

 友太郎はその夜一夜を一人船室中で泣き明かした。

第五十八回終わり
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