巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

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巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2011. 2.19

  

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

六十六、嬉しいだろう

 漁師村の娘お露がこの国で二番とは下がらない貴婦人になっているとは、これほど理解の出来ない事はない。女の身でどうしてそう出世することが出来たのだろう。
 アア、お露の出世、お露の出世、もしお露のためを思う人がこれを聞けば、兎も角喜ばなければ成らない。法師は果たしてこれを聞いて嬉しいだろうか。腹立たしいだろうか。満足だろうか、絶望だろうか。何しろ顔色が普通ではない。

 「ナニお露が、自分の手で財産など作るものですか。夫のお陰で身が光るのです。」
 夫のお陰、さては既に夫があるのだ。
 実はあるはずである。許婚の団友太郎が牢に入ってから早や十五年になるのだもの、年頃の女がまさか十五年も亭主を持たずに帰らない人を待っているはずが無い。

 法師は喉に詰まるような声でようやく、
 「ハア、お露が夫を持ったのか。」
 静かに問うのは必死に自分の心を落ち着けているのである。
 毛太郎次;「ハイ、お露は今、立派な子爵夫人です。パリーで何事か貴婦人の催し物があれば、野西子爵夫人、」
 「エ、野西とはアノ次郎と同じ名ではないか。」
 毛太郎次;「ハイ、お露は次郎の妻になったのです。」

 人もあろうに次郎の妻、
 「つまり次郎が友太郎を密告した真の目的を達したのです。彼が友太郎を密告したのは、お露を自分の妻にしたい一念から出たのですもの。」
 法師は聞いてただ呻(うめ)くのみである。しばらくして、
 「浮気、浮気、又の名は女とや」と有名な古人の句を、悲しそうな声で口ずさみながら、ため息をついた。

「それにしてもお露がよく次郎の妻に成ることを承知したものだ。」
 毛;「そうです。友太郎と長い間の許婚で、いよいよ婚礼という席で友太郎が捕らわれたのですから、その後で次郎の妻になったのは少し変に聞こえます、けれど、法師さん、あなたのお話の通り既に友太郎は死んだとあってみれば、、今更咎めるところも有りません。」

 法師;「それはそうだ。」
と答える声は又も喉に詰まるかと疑われた。
 「それでも」と法師は言いかけた。
 「お露が婚礼したのはまだ友太郎が死なないうちだったろう。」と言いそうに見えたが、語を転じて、
 「それでも、どの様にしてお露が承知したのだ。その婚礼は何時頃だった。」
 
 毛;「お露は全く友太郎を死んだものと思ったでしょう。友蔵老人もお露に向かい、もう友太郎は死んだのか殺されたのか、どちらにしても、この世には居ないのだと何度も言ったそうです。その頃のお露の身は随分可愛そうではありました。」

 「何しろ夫と決めていた人は、不意に捕らわれて行方知れずとなり、そうして自分の兄のように思い、頼みとしている次郎は徴兵に取られたのですから。イイエ、お露は次郎の悪人と言う事を知らず、友太郎を密告した罪人のということはなお更知らず、ただ従兄妹で幼い頃から育った縁で全く次郎を頼りにしていたのです。」

 「それだから何時もマルセイユとパリーとの街道の四辻に立ち、朝から晩まで、悲しそうにさまよっていましたが、マルセーユの方から友太郎が帰りもせず、パリーのほうから次郎の便りもなし。見る人がこれを慰めるほどでした。ところが、あるとき次郎が少尉の軍服を着て突然帰って来たのです。その時のお露の喜びはどれほどだったか分かりません。」

 「しかし、もし友蔵老人が生きていたなら、お露も次郎に縁づくなどと言う事はしなかったでしょう。次郎もそうと察したのかその時は縁談のことも言わずに立ち去ったようですが、その後友蔵老人が死ぬと間もなく、頃合は良しと考えたのか又も次郎が、今度は一段上の軍服を付けて帰り、とうとうお露をくどき落としたのです。」

 「けれどナニ、お露はもう6ヶ月待ってくれといったのです。六ヵ月の間、友太郎の帰るのを待ちもし、帰らないのを悔やみもして、いよいよ六ヵ月立って始めて婚礼したのです。友太郎は捕らえられた頃から数えれば、十八ヵ月、満一年と半年経ったのです。」

 「オオ、満一年半も待ったとは驚くべき貞女だ。友太郎もきっと満足だろう。」と法師は嘲るように言った。
 全く法師の心ではお露を最早魂の腐った女と見て、愛想を尽かしての言葉だろう。

 毛;「最も次郎は、もしも友太郎が生きて帰って来はしないかと、それだけが恐ろしかったと見え、婚礼から五日目か六日目には直ぐにお露をこの土地から連れて去りました。その去るときに、私は丁度友太郎が婚礼を披露したその酒屋に居ましたがお露はその前を通る時、多分友太郎とこの店の路上で一年半前に婚礼の披露をしたのかと思い出したのでしょう。踏む足もよろめいて、気絶するかと見受けられました。」

 法師;「けれど、お露は、その後きっと楽しい月日を送っているだろう。何も気にかかる事なども無しに」少し未練な問いではあるが、法師はお露が次郎と婚礼を喜んだか喜ばずに、仕方が泣く行ったのか、また喜んだとしたら、どれくらい深く喜んだか、その辺の様子を聞かなければ居られないと見える。

 毛太郎次;「そうですネエ、上辺は何の不自由も無く、幸福に違い有りませんが、内心では決して楽しい生活を送っては居ません。常に何事か気に掛かっているのです。友太郎の事が気になるのか、或いは友太郎が死んだとも確かめないうちに婚礼して、その後も死んだ確報が無いのが気に掛かるのか、何しろ塞ぎこんだ婦人となってしまいましたよ。娘の頃とは全く違っています。」

 法;「その様な事がどうして分かる。お前はその後お露に会ったのか。」
 毛;「ハイ、会ったと言うほどではなくても、見受けました。二度見受けました。」
 法;「何処で、どうして」

第六十六回終わり
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