巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

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gankutu67

巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

六十七、尋常の法師では

 「何処で、どうして」毛太郎次がその後お露に会ったのだろう。法師の問いは非常に熱心である。
 毛太郎次;「一度は次郎がスペインの戦争に出た留守の間です。お露は次郎が立つ時、ヘピナンの海辺に来て、そのまま帰るまで滞在していました。その時は何度も見かけました。ある時は話などもしましたが。」
 法師;「滞在中、お露は何をしていたのだろう。」
 毛;「一生懸命息子を教育していたのです。」

 この返事に法師は又驚いた様子である。
 「オオ、息子を、お露には息子があるのか。」
 毛:「ハイ、次郎との間に出来て、名を武之助というのです。」
 法師;「それをお露が、良く教育などすることが出来たものだ。自分が無教育の身であろうのに。」

 毛;「法師さん、貴方はまだお露の人柄を知らないのです。本当にあの女は、もし女王にしてやれば立派に女王の役が勤まる女ですよ。漁師村に居る時は漁師の娘であったのですが、少尉の妻になれば少尉の妻らしく、又佐官の妻になれば佐官の妻らしく、何処までも勉強して自分の身を引き上げるのです。パリーに行ってから非常に色々の稽古や学問をしたそうです。音楽でも、絵でも、読み書きでも、今ではどれ一つ出来ないというものは無いでしょう。」

 法師は呆(あき)れて、口も塞(ふさ)がらない様子である。
 「アア、そうかなア、しかし、お前は何だかお露が面白くない月日を送っているように言ったではないか。」
 毛;「それはそうです。その頃でも何だか陰気に塞(ふさ)ぎこんで、昔娘であった頃とはまるで様子が違っていました。私は思いました。色々な稽古事をしたのも全く自分の心を紛らわせる為なんだろうと。そうですよ。友太郎の生死も分からないうちに結婚したのが、絶えず自分の気にかかり、心で心を責めるのです。」

 「そのようなものかも知れないな。」と法師はつくづくため息をついた。そして、しばらくして、
 「二度目には何処で会ったのか。」
 毛;「これは自分の恥を申さなければ分かりませんが、不景気で私は首も回らないようになった時です。如何考えても暮らしが立たないようになり、段倉や次郎の事を思い出し、彼らに借金を頼んでみようかと思い、まさか、昔の友達を忘れては居ないだろうと、このように思って、先ず、段倉の所に行きましたが、ひどい奴です、私に会いません。それから次郎の所に行くと、之は全くの留守でした。」

 仕方が無いからスゴスゴ帰りかけますと、上から私の肩の辺りに財布が落ちて来る。見上げると二階の窓から子爵夫人のお露が首を出していたのです。もっともお露は直ぐに顔を引っ込ませて窓を閉じましたけれど、その時の顔は前に有った時より、一層悲しそうで、顔色も青く、何だかこの女は遠からずしなびてしまうのではないかと思いました。

 何でも自分の身が悲しいから、それで人の不幸にも同情を寄せ、財布を投げてくれたりするのです。その後もお露は随分貧民に金や品物を施しますそうで、慈善家の中に指を折れるとか申します。それから私は立ち去ってその財布を開けて見ますと、五十円入っていました。それを限りに会っていませんけれど、今でも矢張りふさいでいるだろうと思います。イヤ、別にふさぐという積りではなくても、ふさいだ婦人になってしまったのです。」

 これだけで、毛太郎次の話は尽きた。けれど、法師はまだ、聞きたいことがある。あたかも、よそ事のように、
 「それでは、きっとあの蛭峰検事補の方もよほど出世した事だろうなア。」
 毛太郎次は考えて、

 「サア、あの人は私の友達では有りませんから、その後どうなったかは分かりません。私はただ見受けただけで言葉も交えた事も無く、その後も別に思い出しませんでした。しかし、お待ちなさいよ、そうそう、友太郎が逮捕されてから間もなく、ハテな一年も経ってからでしょうか、何でも米良田家の令嬢と婚礼して、どこかの地方へ転任になりましたよ。きっと出世はしているでしょうが、この土地では噂する人さえ有りません。

 語り終わって、毛太郎次は、ため息を共に繰り返して、
 「どうしても法師さん、不正直な奴には叶(かな)いませんよ。私のよう正直者は意気地なしです。幾ら働いても良いことが降って来ません。」
 法師はあのダイヤモンドを取り出して、
 「イヤ、そうでもない。お前の正直にはこのような報いある。サア」と言って、毛太郎次に差し出した。毛太郎次は今更のように驚き、

 「エ、これを私に。」
 法師;「そうさ、お前の話を聞いてみると、お露も、次郎も、段倉も、友太郎の友人とは言えない。もうこの形見を分けてやる事は出来ないから、ただ一人今まで友達らしい心を持っているお前にやるのだ。」毛太郎次は伏し拝んだ。

 「法師さん、正直に言えば私も一時は友太郎を恨んだ事も有りました。十九や二十歳で早や船長に取り立てられるとは、あんまり生意気なと、羨(うらや)ましさの余り癪(しゃく)に障(さわ)り、何かしてやろうかとこのように思いましたが、けれど、決して彼を本当に害する気は無かったのです。」

 「それを彼が死に際までも親切に私を覚えていて、形見を送るように遺言するとは、有り難過ぎて何とも言いようが有りません。それにあなたの親切、正直は、私の正直に上を越します。このダイヤモンドを貴方が黙って自分の物としましても、誰も知る人は有りませんのに、それをわざわざ持って来てくださるとは、今の世に二人とは有りません。本当にどうお礼をすれば好いでしょう。」

 法師;「ナニ、お礼などいわれるはずでは無いーーーー。」と言いかけたが、たちまち思い出したように、「オーその、お礼には、先ほどお前が持っていると言った、赤い皮の財布を私は貰(もら)って行こう。」
 毛;「エ、赤い革の財布とは、アア、森江氏が友蔵老人の部屋の暖炉の上に置いて行ったアノ財布ですか。」と言い、直ぐに立って持って来た。今は赤い皮の色もさめてほとんど黄ばんではいるけれど、成る程、十四、五年前に森江氏が持っていただろうと思われる形である。

 法;「これも正直な行いの記念だ。貰って行って好いだろうね。」
 毛太郎次;「どうかお持ちください。」
 法師はこれを受け取り「イヤ、縁が有ったら又会おう。」
 一語を残して、表に出て、乗って来た馬に乗り、飄然( ひょうぜん)《ぶらり》と立ち去った。そもそもこの法師がただの法師でないことは、既に読む人の察した通りである。これから更にどの様なことをするかは、この長物語の眼目である。

第六十七回終わり
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