巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

gankutu83

gankutuone

巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2011. 3.7

下の文字サイズの大をクリックして大きい文字にしてお読みください

文字サイズ:

更に大きくしたい時はインターネットエクスプローラーのメニューの「ページ(p)」をクリックし「拡大」をクリックしてお好みの大きさにしてお読みください。(画面設定が1024×768の時、拡大率125%が見やすい)

史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

八十三、嗚呼、無人島

 一紳士が、森江一家の喜びを後に見て、船に乗った時から、早や八、九年経った。その間かの紳士は何をしていることやら、音も沙汰も無い。もしこの人が、その船の窓の下で神に祈願を込めた通り、復讐の塊(かたまり)となったのならば、きっとその後の月日を準備の為に送っている事だろう。

 この人が森江家の善に非常な善で報いた様に、悪人の悪に非常な報いを降り降らせる積もりならば、九年や十年もその準備にかかるだろう。いかなる力をもってするとも、準備なしで大いなる仕事が出来るものではない。

 紳士が去ったのが千八百二十九年であったが、今は千八百三十八年である。もし準備が出来たとすれば、果たしてどの様な準備だろう。しかし未だ何処にも現れて来ないところを見ると、まだ準備が終わらないのかも知れない。

 この年の初めである。イタリアの都ローマに世界に名高いカーニバルという祭りがある。その盛大な事はまるで全都を発狂させるほどの有様で、多分、どこの国に行ってもこれほど愉快な祭礼は無い。老いも若きも、貴きも賎(いや)しきも、奇抜な服装をして仮面を被って、誰とも分からないようにして、市街を練り回り、口々に歓呼して、菓子や花などの投げ付け合いをし、楽しみと言う楽しみは、全て演じられる。全く満都を快楽の舞台にしたようなものだ。

 それだから、ローマのカーニバルと言えば、各国から見物に行く。見物に行って自分も仮面を被って祭りの中の人となるのだ。
 それはさて置き、フランスからこの年のこの祭りを見ようといって、わざわざ出かけて来た人の中に、二人の若い紳士が居た。どうせ、楽しみのためにわざわざ出かけて来たのだから、金銭には不自由の無い人達だ。

 その一人は男爵毛脛安雄というのだ。これはこの物語の始めの頃に、共和党の秘密クラブで暗殺されたように記した毛脛将軍の一子である。毛脛将軍の殺された事についてはあの蛭峰検事補の父、野々内等が深く疑われ追跡されたことも読者が記憶しているところだろう。

 今一人は子爵野西武之助というのだ。これも記憶の良い読者には初めての名前ではない。野西子爵と言うのは昔団友太郎とお露を争ったスペイン村の次郎の事である。武之助は次郎とお露との間に出来た一子なのだ。これは毛太郎次が暮内法師に話した物語の中にも見えた。その子が今は、二十歳を越して立派な青年になっている。

 特に父が今、飛ぶ鳥を落とすほどの勢いがあるので、その子武之助まで社交界の引っ張りだこのようになっている。もっとも武之助は性格も顔つき、骨格も全て父母の良い部分だけを受け継いで生まれたのか、言いようの無い出来で、多少は学問も出来、取り分けて武術や体操が良く出来る。

 凡そパリーでは娘を持っている母親として、この武之助を娘の婿に欲しがらない母親は無いほどである。このような身分も、社交界の歓迎に飽き、どうか知らない人ばかりの中に行って、自分の値打ちを試したいと思う考えで、イタリアにやって来たのだ。自分の容貌と才知だけでも、必ず至る所で大騒ぎをされるだろうと、このように思うのが青年の常である。

 安雄の方は、外務省にも出仕したことがあって、かって書記官見習いとして、公使についてこの国に来ていたことが有る。今度も多少は公務を帯びている。その為に、国は一緒に出たけれど、途中で武之助と分かれて一人フローレンス(フィレンツェ)へ立ち寄ったのだ。ここで用事を済ませてローマで落ち合う約束になっている。

 ところが、幸いにその用事が前から予定していたよりも三日ほど早く済んだ。その三日をどの様に暮らそうかと色々考えたが、日頃銃猟を好む為、地中海の島でウサギでも狩ろうと思い立ち、レグホーンの港から船を雇って、先ずはナポレオンのために名高いコルシカ島へ行った。けれど、ここには大した獲物は無かった。仕方無しに、せめてナポレオンの居た跡でも尋ねようとしたけれど、これも、別に見物する程の物は無い。

 何だか物足りない思いがするので、帰る船中で、どこか外に普通の猟場は無いだろうかと船頭に聞くと、船頭は少し職業が異なるから、山で狩をすることについては深く知らない。二、三人の水夫と相談した末、「そうですねえ、モント・クリスト島なら、誰も人が住んでいないから、鳥や獣もまだ鉄砲の恐ろしい事を知らないでしょう。」と極めて簡単な鑑定でクリスト島に案内することになった。何しろ無人の島で猟をするとは、物の本にある、ロビンソン・クルソー少の身の上にも似ているから、帰国の後に話をして、社交界をヤンヤと言わせることが出来るだろうと、当人も乗り気になって船を急がせた。

 嗚呼、モント・クリストの無人島、十年以前に、ここに団友太郎が宝を探し、引続いてタスカーニーの政府から全島を買い入れた事はこれも読者の知っているところである。今はどの様になっているだろう。果たして無人のままだろうか。安雄は果たしてどの様な獲物の話を社交界にもたらす事が出来る人となるのだろう。

第八十三終わり
次(八十四)へ

a:552 t:2 y:0

powered by Quick Homepage Maker 5.1
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional

巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花