巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

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巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2011. 3.10

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

八十五、昔話の境遇

 巌窟の中にその様な立派な居所を作って住んでいるとはどの様な人だろう。今聞いた水夫の話しを、たとえ十分の一としても余ほど変わった人物に違いない。しかも私がその人の接待を受けるとは、全く昔話の境遇に入るような不思議な話だ。安雄は一も二もなく承知して、「それは何よりありがたい。」と答えた。

 船長;「ですが一つ断って置かなければならないことが有ります。巌窟の中に入るにはハンケチで目隠しをして行かなければなりません。これはその主人が他人に巌窟の入り口の秘密を知られてはならないという用心でしょう。」
 目を覆って宮殿の様な所に連れて行かれるとは、益々昔話である。「実に面白い。フム、余ほど変わった人物と見えるなあ。しかし、危険な事は無いだろうか。」

 船長は半ば笑って、「何で危険な事がありましょう。貴方はまだその人のことを聞いた事が無いと見えますね。」
 安雄;「イヤ、今水夫から細々(こまごま)と聞いて驚いているところなのだ。」
 船長;「何しろ先は数の知れない金持ちで、人を助けたり、救ったり、その様な事ばかりしているのですもの、貴方の身が危険な事などは毛ほどもないだろうと思います。」

 安雄;「けれど、その実は海賊か密輸入者の頭領だろう。」
 船長;「誰がそのような事を言いました。海賊などがどうしてこの人のような贅沢な真似が出来ますか。良くは何者だか知りませんが、何でもどこかの貴族か大金持ちですよ。それが贅沢を仕飽きて、この島の巌窟に建築したのでしょう。」と熱心に、ほとんど弁護するほどに言うのは、その人が、この様な者にまで、多少の人望を得ていることが分かる。

 船長は更に語をついで、「今あすこに火を焚いている五、六人中の二人はどこかの山賊だと言う事です。政府に追われて逃げ場が無いのを、この人が自分の遊船に救い取ったので、明日は何処とかの港に無事に連れて行って上陸させてやるそうです。余ほど慈悲深い人ですよ。」
 安雄は考えながら聞いていたが、「目を隠されても良いからそれではご馳走になることにしよう。」確かに山ほどの話の種が一夜のうち得られそうである。

 船は間もなく、陸の近くに着いた。見ると水夫らしい者が六人、焚き火で山羊の子を丸あぶりにしている。そのうちのどれが山賊だか分からないが、どれも色の黒い骨組みの逞(たくま)しい者共である。やがて陸に上がると安雄は約束を守り「サア、これで目隠しをしてくれ。」と言い、ハンケチを渡した。船長は直ぐに安雄を目隠しした。それと共に誰だか安雄の手を取った。多分これが案内者だろう。

 手を引かれて凡そ五分間ほど歩いたが、勿論焚き火の傍を通った事は、空き腹に旨(うま)そうに浸みてくる丸焙(まるあぶ)りのにおいで分かる。それから矢張り海岸を離れずに進んだことも、風の様子や水の音で分かる。ただし自分の足の踏む所は、多くは草の上で、時々には平らな敷石かと思われるところも有る。

 進み進んで、少し水際から、横に曲がったかと思う時、行く手から「誰だ」とイタリア語で鋭く問う声が聞こえた。これは巌窟の入り口を守る、番人に違いない。手を引いている男は、東方の国語らしい響きの声で何やら答えて、そのまま進んだが、これからがいよいよ巌窟だ。

 道は段々下りになり、そうして空気も違うようだ。
行くうちに、空気が又違った。今度は香水で示したかとも思われる、微妙なにおいが浮んでいて、自然と心持ちも引き立つように思われる。多分、仙人の郷に入るのがこのような心持だろう。そうして踏む足の下も最早草では無い。音もしなければ足に抵抗も無いような深い絨毯(じゅうたん)である。早や応接室の中に入れられたのだ。

 こう思うと同時に、案内者が手を離した。問う間もなく自分の面前に、人の気配が有って、「イヤ、好くおいで下さった。サア、どうか目隠しをお取りください。」と言う声がした。これは少し外国の訛りを帯びているが、立派なフランス語である。

 声に応じて目隠しを取り外して見ると、自分は不思議な一紳士の前に立っている。年の頃は三十八、九、或いは四十でも有ろうか。身には東方の貴族が用いるような金の綾を織り出した長い布着を着け、頭には房の付いたトルコ様の赤い帽子を載せている。成る程どこかの国王とも見える。

 その顔は何となく青白くて、眼の異様に光るところは、少し物凄いようにも感じられるけれど、先ず総体において、よほどの美男子である。貴族らしく見えるところも有る。何にしても凡々の人物では無い。その光る眼もただ凄(すご)いだけでなく、愛も憎しみもあって、怒る時には猛獣を恐ろしがらせ、喜ぶ時には、小児をも慣れて良く言う事を聞くようにさせることが出来る性質である。そうして何だか人の心の奥底まで読み取るかと思われる。

 体はどちらかと言うと痩せた部類で、世に言う中背の少し高い方で、非常に体形が良く出来て居る。しかし、安雄が最も驚いたのは、室内の華美贅沢(かびぜいたく)な様子である。国王の様に住んでいると聞いたが、国王でさえもここまで立派な部屋は持っていない。安雄は外交官の端にも連なり、随分奢りを持った有名な朝廷の様子も見て来たけれど、この部屋だけは、魂まで奪われるのでは無いかと自ら疑うほどに感じた。部屋中を真珠や宝石で星が煌(きらめ)くようになっている。

第八十五終わり
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