巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

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巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2011. 3.14

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

八十九、鬼小僧

 安雄がまだ望遠鏡から目を離さないうちに、向こうもまた望遠鏡を出してこの船の方を見た。そうして別れを惜しむ記と見えてハンケチを上げて打ち振った。安雄はこれに答礼しようかしまいかと少しためらった。あの船乗り新八と言う昨夜の主人がこの身に対してのもてなし方はまるで狐が人をだますようなやり方で、饗応には違いないが、これに向かって礼など言うのは何だか自分の愚を表すような気もある。それに、万事向こうのしたことが、余りに思いがけなく、しかもあまりに手際が良すぎるから癪に障るような気もして、もし、出来る事なら、反対に向こうを驚かせて復讐もしてやりたいと、ほとんど、これほどの考えも動いた。

 けれど、礼儀作法をもって聞こえるパリーの紳士が、日頃自慢の礼儀作法においてもこの素性の分からない巌窟の主に後れを取ってはならない。こう思って、やがて自分もハンケチを取り、同じく打ち振って答礼を済ませた。
 ところが今度は向こうの船から、パッと白い煙が上がり、そうして引続いてかすかに号砲の音が聞こえた。安雄は何の意味とも理解できなかったが、船長が注意した。「それ、巌窟の旦那が貴方へ礼砲を放ちました。」

 これには少し当惑した。同じ礼砲をもって答えることは出来ないのだ。けれど、幸い猟銃があるから、直ぐに又これを取り空中に向かって一発はなった。
その響きが向こうの船まで届いたかどうかはわからない。また向こうの主人が感心したのかはたまた、笑を催したのかはそれも分からない。

 この時船長は猟銃で思い出したように、「お客様、今日は一日この島で狩り暮らしますか。」安雄は獣を得るよりも、昨夜の巌窟中の宮殿を調べてみたい、「何でも良いから松明のようなものをこしらえてくれ。」
 船長はその意を察して笑いを催し、「ハハハ、私共も、巌窟の話を聞いて、何度松明を持ってその入り口を探したか知れませんが、とても分からないものと諦めてしまいました。」

 安雄;「何でもいいから松明を拵えてくれ。」中々強い決心である。」
 船にある薪の中から良く燃えるものを取り、やがて手ごろな松明ができた。直ぐに安雄はこれを持って先ほど自分が目を覚ました岩の穴に入り、窪んだ所は叩いても見、高いところは揺すっても見るなどして、考えられる限りの手を尽くしたが、昨夜の宮殿の入り口とも思しきところは一箇所も無い。

 ただ腹立たしく感じられるのは、この岩穴の天井も四壁も異様にくすぶって居る一事である。これは自分と同じように松明を持ってここを調べた人が何人も居る証拠なのだ。そうしてそれらの人々が皆失敗した事も分かっている。どうしようもないから、絶望して穴を出て、なおも銃を持って、島のそこここを経巡った。けれど、何も分かった事はなかったが、子山羊を二匹射止めることが出来たから、これを船長に渡し、料理せよと命じて置いて、再び前の岩穴に入り、今度は前よりもっと念入りに調べた。けれど、その結果は前と同じ事に終わった。

 再び船に帰って沖を見ると、新八の乗っている先ほどの船はもう、遥か彼方に、千鳥の影かと思うほど小さく見えている。実に驚くべき速力である。望遠鏡を出して見ても、もう届かない。「船長、船長、アノ新八とやらはスペインの方に行くと言ったそうだが、船は確かに反対の方に向かっているぜ。」

 船長;「それはアノ船に夕べ見た鬼小僧の手下が二人乗っていますから、それをイタリアのどこかの海岸に無事上陸させてやる為でしょう。」
 安雄は理解することができない。「エ、鬼小僧とは」
 船;「オヤ、貴方はまだ鬼小僧の名を聞いた事が有りませんか。ローマの付近に居る山賊の頭ですが。」
 安雄;「アア、そうそう、鬼小僧と言ったなア」
 船長;「昔から山賊は沢山あっても、鬼小僧のような大胆なのは無いといいます。」

 安雄;「山賊の手下などを助ける為に、わざわざ寄り道をするのか。確かに五十里以上の損になるのに」
 船長;「アノ旦那は人を一人助けるのに五十里や百里の寄り道は何んとも思いません。何処までも出かけて行って、罪人を逃亡させる様子は、まるで各国の政府を馬鹿にしたようなものです。それだから、この地中海岸の山賊、海賊、密輸入者でアノ旦那を親の様にあがめない者は一人も居ないでしょう。」
 聞けば聞くほど不思議な人物である。ほとんど人傑と言っても良い。

 安雄;「でも、その様な事をすれば、どこかの政府であの人を逮捕するでしょう。」
 船長は嘲笑うかのように、「ヘン、逮捕、何処の政府にその様な力が有るでしょう。第一等の速力を持った巡洋艦で追いかけたとしても、アノ遊船には追い付きません。一時間に三、四里は必ず遅れます。それにあの旦那が隠れる積もりになれば、誰の家にも匿って貰う事が出来るのです。」と全く自分が新八の子分にでもなっているように強く褒める。

 そうまでも勢力のある人を微々たる我が一人の力で、突き止めようと思うのは、全く無駄な仕事であると、安雄はついに断念して、元のレグホーンへ帰った。そうして何日かの後に予定の通りローマに乗り込んだが、宿はパストリエ館といって前から泊り付けの家で、ここには既に同行の子爵野西武之助が着いて待ち受けている。

 ところがその部屋が、二階の片隅にあって、二人が合宿するには狭すぎる感じがする。之を我慢しては、パリー紳士の名折れにもなるので、早速館主を呼び、野西子爵の金の威光をもほのめかして、もう一室借り受けたいと言い込んだが、館主の返事は意外である。

 実は東方のある豪族へ二階全体を貸しきってあるけれど、長いお馴染みのために、特別にその方に乞い、この片隅だけを取り除けて置いたと言うのだ。ややもすれば、反対に金の威光でこっちを追い出しそうな剣幕である。

第八十九終わり
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