巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2011. 3.18

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

九十三、「明朝の九時を以て」

 実に、この「伯爵」のする事は、何から何まで、普通の人と様子が変わっている。巌窟のなかに宮殿を造ったり、円形劇場の古跡で山賊と忍び会い、そうして今夜自分だけ人目に触れないように、桟敷の隅に身を隠して音楽を聞いているなど、何の意味だか想像する事も出来ない。

 それだけでは無く、桟敷の前面に押し立てていたあの美人は何者だろう。身なりの様子ではギリシャの貴族の姫君としか見えないけれど、姫君ともあろう者が、ただ一人で男に連れられているのも怪しい。それともこの「伯爵」が実はギリシャの貴族であって、美人はその娘なのだろうか。イヤ、親子と言うほど年が違っても居ないようだ。

 何にしても理解が出来ないことばかりだから、安雄はますます「伯爵」の正体を突き止めたい様な気になった。たとえ突き止めるとまでは行かなくても、幾らか深く調べたいと思い、ジー夫人と武之助には少し頭痛がするので先に帰るとの意を告げて、この座を立った。

 今この劇場の出口に行けば、多分「伯爵」と姫君のような美人とが、どちらに帰って行くのかそれを見ることが出来るだろうと思うのだ。そうして、人を押し分けながら出口に行って見ると、二人の姿は見えない。自分が人を押し分けて居る内に、早や立ち去ったものらしい。直ぐに又外に出ると右にも左にも馬車の音は聞こえるけれど、どれを「伯爵」の馬車と見分ける目印も無い。最早や仕方がないので、またそのうちには何所かでめぐり合う事も有るだろうと、仕方なく思い直して町に出た。

 どちらかと言えば安雄は、物事を考え込む方の性格である。町に出て、月の照っている様子を見ると、色々な物思いが浮ぶから、劇場に居るよりは、月下の散歩がよほど面白いと思い、ブラブラと歩いていた。その間に最も考えに浮んだのは、勿論伯爵の事と、明日の計画である。両方とも思わしい結論に達しないから、およそ一時間以上も散歩を続けた上、ついに我が宿パトリエニ館に帰ってみると、武之助の方が先に帰って居て、「どうだ、君、馬車の工夫が付いたのか。」と言うのが第一の問いであった。

 「イヤ、その工夫が付かないからこそ、今まで考えながら散歩していたのだ。」との返事に対し、
 武之助;「僕は余りに残念だから、館主を呼んでどうしても馬車を捜すように散々に申し入れをしたところ、巌窟島伯爵が、それなら俺のを貸してやろうと言われました。伯爵の馬車なら比較するものも無い程立派です。」

 巌窟島伯爵と言う一語が奇妙に安雄の耳に響いて、「エ、巌窟島伯爵、とは誰の事だ。」
 館主;「オヤ、貴方はまだ巌窟島伯爵の名を聞いた事が無いのですか。この二階を借り切っている方で、この部屋だけを貴方がたの為に空けて下さったのも矢張りその伯爵ですが。」
 安雄の胸にはますます腑に落ちない感じが起きる。勿論その親切は有り難いけれど、見ず知らずの人にそうまで恩を受けるのは、余り気持ちの好くないところがある。

 「野西君、君はどう思う。そこまで知らない人の親切を受ける事を」武之助はただ嬉しさに、前後正体無しだ。「我々パリーの貴族として、至る所でそれ位の尊敬を受けるのは当然の事だ。」館主は言葉を添え、「イイエ、伯爵は馬車を三台お持ちですから、もしやと思い、私が、よそ事のように貴方がたの事を申したのです。何でも人の迷惑と言えば無言で見過ごす事ができない、それはそれは親切な方ですから、「では失礼だけれど、どうか俺の馬車を持って行き、出来る事なら俺の馬車とは言わずにお前が、外から借りて来たように言って、貸して上げろ」とこう言われましたがーーー。」

 武之助;「ソレ見たまえ、その様な親切を無にする事は出来るものか。」
 安雄;「無にはしない。無にはしないが、もし我々を相当に尊敬するなら、その様な事は言わずに、はっきりと自分の馬車と名乗って貸してくれる方が好いではないか。そうして、我々に返礼の道を与えてくれる方が普通ではないか。」

 館主は手を打って笑った。「イヤ、貴方は最後まで聞かないから、そう仰(おっしゃ)るのです。伯爵は今申されたとおりに言われましたが、直ぐに又考え直して、イヤ、それよりは、俺が同宿の客として、お目にかかり後々の交際をも願った上でお貸し申すのがかえって礼儀だろうと言われました。」武之助は又踊って、「紳士、紳士、それを本当の紳士と言うのだ。何でもパリーの社交会をかって蹂躙したことのある紳士に違いないぜ。そうと分かれば、我々の方から名刺を通じて交際を求めなければ不敬である。」と言う言葉が終わるか終わらないうちに又ボーイが入って来た。

 そうして一枚の名刺を差し出した。その表には「伯爵巌窟島友久」と有ってボーイの用向きは、隣室の誼(よしみ)に交際を願いたいが、何時伺えば好いだろうと問い合わせの為である。安雄の胸も全く解けた。「成る程、こうまで作法を守られるなら、我々から訪問しなければならない。」
 武之助;「直ぐに今夜訪ねようではないか。壁一重しか隔てていないから、」
 安雄;「イヤ、いくら隣の部屋でも、早や十二時だから、明朝九時にこちらから伺いたいと返事しよう。」

 明朝の九時をもって、いよいよ訪ねて見れば、どの様な人だろう、どのように面会が進むだろう。

 
 第九十三終わり
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