巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2011. 3.19

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

九十四、「巌窟島伯爵」

 伯爵巌窟島友久とは、勿論安雄の初めて聞く名前ではあるが、「巌窟(いわや)」と言い、「島(しま)」と言う事は、今もって彼の心に引掛かっているモント・クリストの島と、何だか関係があるように思われる。はてな、どの様な人だろう。明朝の面会はどの様な事になるだろうと、自分ながら怪しいほど待ち遠しい。

 この夜、夢に見た所も全てモント・クリスト島に関係する事ばかりである。―――船乗り新八――円形劇場――日比野の死刑――ギリシャの皇女かと思われる美人――などそれからそれへと走馬灯のように現れて来た。そうして翌朝はいつもより早く起きた。

 起きてもまだ気にかかるから、念のためと思い、館主を呼んで、「今朝、血祭りにどの様な死刑が有る。」と聞いた。「アア、死刑ならば既に回状が回りました。その写しを持って来ましょう。」と館主は答えて、直ぐに一枚の書付を持って来たが、これは前の夜、円形劇場で船乗り新八と鬼小僧とが話していた通りである。

 この死刑になる一人を果たして約束通り救うことが出来るだろうかなどなど、自然に怪しむ色を館主は見て、「アア、貴方はこの死刑を見たいのですね。これもお気の毒ながら、今からでは間に合いません。刑場を見ることが出来る近辺の家の窓は残らず予約済みとなって居ますから。」

 安雄は見たくないことは無い。鬼小僧の手下である日比野と言う者がどの様に助けられるか、船乗り新八の勢力が果たして既に死刑と決まった人を助けることが出来る程手広いのかその辺をも見届けたいのである。「それでも巌窟島伯爵はその辺の窓を、もし借りて居はしないのか。」館主;「オオ、あの伯爵ですか。あの方ならば、何事の見物にも必ず第一等の場所を取って有ります。成る程伯爵とご一緒に行けば好いのです。」

 その中に武之助も起き、伯爵を訪問する準備も出来、又、時刻も約束の時間となった。これから二人は館主に連れられて、伯爵の部屋に行ったが、館主がドアを叩くとともに、あたかも待ちうけていたように直ぐ中から、貴族の家の取次ぎらしい男がドアを開き、二人を応接間に通した。

 応接間は入り口から三つ目の部屋である。手前の二室は空いているが、いかに贅沢の人とは言え、一人の旅の住いにこう何室も借りて置くとは、しかも今はどの宿屋の一室も日頃に比べ十倍もするほどの賃貸料を取るのに、全くこの巌窟島伯爵と言う人は、金銭を湯水の様に振りまいている人に違い無い。それだけでなく、三つの部屋の作りや飾り付けの立派な事は、ただ驚きのほかは無く、両人とも我知らず田舎者の様に部屋中を見回した。

 やがて案内者は両人を応接室に残してその又奥の部屋に退いたが、この時奥の方から「ガズラ」と言うギリシャの楽器を奏でるような非常に妙なる音がかすかに聞こえた。安雄は昨夜見たギリシャ美人の事を又思い出した、たちまち耳を澄ましたが、間のドアが閉められたため、その音は聞こえなくなった。

 安雄は武之助に向かい、「このように贅沢を極めている伯爵というのは何者だろう。」
 武之;「サア、どこかの大金持ちが、素性を隠して旅をしているのだろう。」
 言う中に一方のドアが開き、静かに歩み入ったのは伯爵である。武之助の方は直ぐに立って恭しく挨拶をしたが、安雄は余りの驚きにしばらくの間は口も開けなかった。どうだろう、この巌窟島伯爵と言うのが、モント・クリスト島の巌窟の主人なのだ。船乗り新八なのだ。

 巌窟島伯爵とは自分で付けた好い加減な名前だろうか。イヤ、水夫達が話していた通り、あのモント・クリスト島を買い取って、そうしてその島からこの名を取って付けたのだろうか。それにしてもこう派手な暮らしをして、公然伯爵と称するからは、称するだけの資格が有る人」に違い無い。野西武之助の父、次郎の様に自分一代でなった貴族であるか、それとも先祖からの貴族であるか。どちらにしても伯爵は伯爵だろう。

 伯爵は武之助の次に安雄の顔を見、驚いたように、「オヤ」と言い掛けたが、安雄が直ぐには返事をしないため、さては先夜モント・クリスト島で会ったことを黙っていてくれとの身振りだろうと理解したらしい。勿論、自分の方へ礼を言うべき事柄を、どうしても賓客に思い出させるのは無作法である。

 伯爵はその辺の事に気付いたと見え、武之助に挨拶したのと同じように安雄にも挨拶して、「実は貴方がたが馬車の為にお困りのことをもう少し早く聞いていれば、直ぐに私から何とか申して出るところでしたが、館主が昨夜まで少しもその様な事を私の耳に入れなかったものですから。」と言って、言い出しの遅かったのを悔やむように言うのは、何処までも立派な貴族である。

 そのうち話は三人の間に熟して来た。伯爵は馬車を貸すだけの親切に止まらず、更に案内するような口調で、大通りのロスポリ館の二階も祭礼見物のため三窓だけ借りて有りますから、二窓だけはどうか貴方お二人でお使いくださいと言った。

 大通りの窓を二つまで占領するのは充分パリー児の鼻を高くするのに足りるのだから、武之助は、そのことで非常に喜び、又安雄はその窓の真ん中に果たして赤い十字の記して有る垂れ幕を掛けて有るか否かを見たいとの心で、同じく喜んで、礼を述べ、更に話を今朝の死刑の事に向けて行くと、伯爵は又思い出したように、「オオ、その死刑の場所にも、確か一窓を借り受けて置くように家夫に言い付けて置きましたが、ご一緒に参ろうでは有りませんか。

 初めて会った間だけれど、早や余ほど親しい知り合いの様になった。そもそもこの巌窟島伯爵が、昔泥埠の要塞で満十四年の長い月日を土牢の中に埋められていた団友太郎であるとは、既に読者の何人にも分かっているところである。そうして安雄の友、武之助は友太郎と一人の夫人を争ったあの次郎の息子であるのだ。

 この会合は全く偶然に出来た事のように見えるけれど、こう偶然に見える様に会合する為巌窟島伯爵はどれほど長く苦心したことだろう。

 第九十四終わり
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