巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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白髪鬼

マリー・コレリ 著   黒岩涙香 翻案   トシ  口語訳

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白髪鬼

             (十四)

 ナイナは辺りを見回したが私の姿は月影暗い木の中なので、それを見分けられるわけもなく、すぐに又前のように腰を下ろした。だがまだ気になる様子は消えず、神経質な口調で、「私はなんだか気味が悪いわ。ここはハピョがいつも散歩する場所だし、昨日彼を埋めたばかりで、なんだか幽霊でも出そうな気がして、ああこんなところに来なければ良かった。」

 ナイナがこんなことを言い出すとギドウの目にはそろそろと角が出てきた。その様子はあたかもナイナを叱るようで、「お前はまだハピョに未練があるのか。」と責めたので、ナイナもその気持ちを悟り、「彼だって、私の娘(星子)の父親だから」と言う。ギドウはたちまち荒々しくなり「それくらいのことはお前に聞かなくても分かっているわ。父だって俺から見れば敵の様な者だ。俺はもうきゃつめがお前の唇からキスを盗むのを見るたびに、どれだけいらいらしたか知れぬ。死んだ後ではもう、ハピョのハの字も聞きたくない。」

 ああ、読者よ、読者はこの言葉を聞いてどう思うか。私は実に、世が逆さまになったかと疑った。夫たる者がその妻に接吻するのが接吻を盗むのに当たるのか。妻は姦夫のもので、夫はその妻を盗まなければ接吻をすることもできないのか。これこれギドウ、私の兄、私の弟よりもなお親しくした昨日までの無二の友よ。お前は私を盗賊のように思って交わっていたのか。

 お前は今、もし木の葉の陰に隠れている私の顔を見たら、私がとうていこの仇を返さずには置くものかと決心していることを悟るだろう。そうだ、私はたった今、この人非人をつかみ殺し、その肉を食いたいと思うほどだ。しばらくすると、ギドウは過ぎ去ったことまで嫉妬するように「ぜんたい、お前は何だってハピョみたいな奴と結婚したんだ。」ナイナはせせら笑うように、「そおね、修道院にいるのに飽き、夫でも持ちたいと思っていたところに言い寄られたから結婚したのさ。私は貧乏が嫌いで、結婚すれば貧乏だけは逃げられると思ったからさ。」

 「いくらか彼を愛したろう」「そうよ、ほかに男を作るのが愛すると言うことなら確かに彼を愛していたよ。死んだと聞いて、ほっと安心して喜ぶのが操なら、私は彼に十分操を立てたよ。おまえ、聞かなくても良く分かっているじゃないか。」「ええ、そんなことを聞いているのではない。お前の心の内を聞いているのだ。」
 「そうね。まんざら憎いとばかり思っていては、一日も夫婦になってはいられないはずだから。」と言う。この返事にギドウの目はほとんど三角になった。

 彼は自分が不義である身を忘れ、なお、私の生前のことまでねたましく思うのだろう。ナイナはまたギドウにねたみを起こさせてさんざん彼をもてあそぶ心なのか、それともほかに目的があるのか、更に言葉を続け、「ハピョは私に金もくれ、贅沢もさせてくれた。私は沢山財産があって、妻の気ままに任せておく人が好きさ。」

 この言葉は確かにギドウの急所に当たった。彼はほとんど目が四角から五角になり、五角の上の隅から悔(くや)しそうにナイナをにらみ、「じゃ、俺と結婚するのが嫌だというのか。え、これ、俺に一文の財産もないことを知って言っているのだな。」
 「そうさ、お前に一文の財産も無いことは私だけでなく、世間の人皆知っているさ。」

 「何だと」
 「それにお前と結婚して夫婦になるとは誰もまだ約束はしていない。お前は情夫にして隠して置くのには最もいい人だが、これが私の夫ですと言い、世間に披露するには貫禄が足りないよ。夫という名を付けるには世間から敬われる人でなければ、第一その妻の肩身がせまいからね。」

 一句一句にギドウの顔が様々に変化するのをナイナは少しも気にも留め無い様子で、なお冗談ともまじめともつかない軽い口調で「とにかく、ハピョが死んでうれしいというのは、私の身が自由なったからそれでうれしいと言うのだよ。お前と夫婦になれるからそれでうれしいと言うのじゃない。」

 「そもそも夫と言う者を決めて、体の自由を無くしては、表向きにその自由を取り返すと言うことはできず、自由を得ようとするのはどうせ、離縁とか夫婦別れとか言うスキャンダルの種だから、私はそれが嫌さ。ハピョが死んだのを幸いに当分はまず自由の身で暮らすつもりさ。それにね。」と言って、なおも何かを言おうとするのに、ギドウはもはや耐えきれず、荒々しくナイナを抱きすくめて我が胸に当てて動かさず、ほとんど燃えるような言葉で「これ、今更そんなことを言ってもだめだ。今までずいぶん長く俺を悩まして、誘惑したではないか。」

 「お前がハピョと結婚したその日、俺は初めてお前を見たが、その時はもうねたましくてたまらなかった。ハピョを殺してでも自分の妻にしたいものと思ったが、それほどのこともできなかった。なあに、この女も顔は天女のようだけれど、心までは天女ではなく、やはり、人間が産んだ子だから、そのうち、気が移ることもあるだろうと、こう思い直して、俺は上辺にあるだけの親切を見せ、自分の番を待っていた。」

 「そうしているうち、なんだか自分の番が来たように思ったから、そうよ、婚礼から丸三ヶ月も経たない時だった。思う心をお前の耳にささやくと、お前も驚かないばかりか、待っていたとでも言うように、俺の言葉に耳を澄ませて、そうじゃないか、え、ナイナ、こうしてみるとお前から俺を誘ったのも同じだぞ。」

 「口に出しては誘わないがそれとなく目で励まし、手を握るのにも様子ありげに握り、とうとう俺の願いが届いたのはもう、足かけ三年前さ。それからというものは、ハピョは世間体の義理の夫、俺は世に隠れたまことの夫で、ずいぶん辛い思いもしてきた。ならぬ堪忍もし、今日まで来たのに、いよいよ表向きの夫婦になれるという今になって、言葉を濁しても無駄というものだ。」

 「ハピョがお前を妻にしたとおり、俺もお前を妻にする。お前はハピョを欺いても俺を欺くことはできないよ。」こう言い切って
更に自分の罪を言い開こうとするように、「俺はハピョの妻を盗んで、心にすまぬとも、気の毒だとも、何とも思わない。もっと言えば俺よりハピョが悪い。え、そうじゃないか、本当にお前を妻と思ったら他人が決してお前を盗まないように十分気をつけて見張って居なければならなかった。」

 「その見張りを怠ったのは自分の手落ち、手落ちの間に俺が来てお前を盗んだからと言って、ハピョが俺を非難すると言う道理はない。自分の手落ちを非難するだけだ。さあ、自分のものでも見張りを怠り、他人が盗むのに任せておく、そんな不実な亭主と、他人のものを命がけで取りに来る実のある男と、女にとりどっちが有り難い。」

 「人に命がけの思いをさせておき、今更曖昧(あいまい)なことを言ってもその手には乗らない。何と言っても、お前はもう俺のもの、表向き結婚はしないなどとそのようなことは言わせない。」

 ああ、人の妻を盗むのは、盗む者の手柄で、罪は盗まれた夫にあると言うのか。奇怪な道理もあればあったものだ。

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