巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

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白髪鬼

マリー・コレリ 著   黒岩涙香 翻案   トシ  口語訳

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2009.12.4

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白髪鬼

             (三)
             

  読者よ、ギドウのいましめた異様な言葉にもかかわらず、これから三年の間はただ楽しみが増すばかりだった。生まれた女の子には星子と名前を付け、乳母の手にゆだねたが、一日は一日より成長し、這うかと思ううちにも立ち、立つうちに歩み、歩むうちに片言を言い覚え、八十四年(明治十七年)の夏頃は、父さん、父さんと私の後を追う愛らしさ。世間の幼子に比べたらひときわ知恵のつくのも早いと思われた。

  この年の夏は実に大変な夏だった。世にも恐ろしい激烈な伝染病が流行し、子は父を看病せずして逃げ、夫は妻の枕元に近寄らず、非常に臆病なイタリア人の事なので伝染といい、流行と言う言葉に恐れ、親も子も老いも若きも、一度これにかかったらとうてい助からない事のように思い、ただ我が身に移らないことばかり願い、義理も人情も全く忘れてしまった。

  ただ私の住まいであるローマナイ家の屋敷だけは高い丘の上にあって、不潔な町屋と離れ、空気もきわめて清浄なので下僕の者まで、それほど恐れる様子はなかった。特に、私は妻ナイナの顔を見るたびに、このような美人の住まいにどうして伝染病などが入り込む事があろうかと安心していた。

 このような有様だったので、ギドウも避暑をかね、避病をかねて私の家に来て滞在し、ナイナと私と三人兄弟のようにうちとけて親しく交わり、笑い興じて日を送っている中に、ナイナは声の麗しいのに加えて楽器演奏もまた巧みで、涼しいところに楽器を置いて私の好きな様々な歌を奏でてくれ、ギドウもまたその道の愛好者なので、ナイナと並んで座って調子を合わせるなど、私の家はさながら桃源郷に他ならなかった。

  私も音楽はひととおり知らない訳ではないが、ギドウほど上手ではなかったので、多くは日頃愛読する書物を取ってテラスに出てギドウとナイナの音楽を背に聴きながら、顔を吹いてくる清風にさらしながら、昼寝の夢をもよおすまで書を読んでいた。このすばらしく幸福な境涯へは疫病神も、行っても邪魔にされると諦めてか一言の挨拶にも来なかった。

  ある朝のこと、私は庭木の影に吹く朝風がどれくらい冷たいかと起きあがり、ベッドを抜け出して、ナイナの夢を破らないように、先ず静かに服を着替え、まさに出て行こうとしてまたナイナのその寝顔を見返ると、笑みを含んだ唇は私の名前を呼ぶのではと思われ、黄金のような髪の房は枕にすれて薄紅の色を帯びた細い首のあたりにまつわるなど、愛らしさも言いようがなかった。

 この愛らしい姿も心も、全く私のもので、四年の間他人に指もささせないと思うと、私は我が身の幸運がもったいなく胸いっぱいにうれしさがこみ上げてきて、思わずその枕辺に立ち返り、散らばる髪の一房を手に取り上げ、これにネズミの鳴き声のようにキスをし、顔もくずれるばかりの笑みを帯びて出て行ったが、今から思うとこれが非常に長い後悔の始まりだった。

  昨日の暑さに引きかえて庭の木陰の涼しいことは、さながら秋になったかと思わせるほどだったので、私は歩きつづけて塀の外に出て、裏の畑の小道を歩いていると、丁度その時近くの物陰からただならぬ苦痛の叫び声が聞こえてきたので、何事かと怪しんで、すぐにその方に行ってみると、可哀想に十二、三才の果物売りの村の子供が、青ざめて倒れており、すぐに死んでしまいそうに息も絶え絶えに苦しんでいた。

  私はその肩に手を掛けて「これ、どうした」と尋ねると、彼はようやく顔を上げて「いけません、側に寄ってはいけません。伝染病です。もうとても助かりません。」と叫んだ。流行の伝染病だからといって私は少しも恐れないが、ナイナ、私の妻、星子、私の娘、二人のためには恐れないわけにはいかなかった。

 ぎょっとして思わず一歩引いたが、彼とて人の子、どうして見殺しに出来ようか。たとえ、手遅れだとしてもしっかりした医者に見せなくてはと思い「なに大丈夫だ、我慢しなさい。我慢しなさい、病気が皆伝染病だとは限らない、どれ、私が医者を呼んできてやるから。」と言って、私は裏道から懸命に町を目指して駆け下りて、とある医者の家に飛び込み、状況を話すと、医者は目を丸くして私の顔を見て、「いや、もう行っても無駄です。今頃は死んでいるでしょう。私を連れて行くより役所にお届けなさった方が良いでしょう。」と言った。

 これが医者の言うべき言葉かと、私はあきれかえったが、「いいえ、まだ死にはしませんから、とにかく往診を」、「いや、ご免被ります。私だって伝染されては困りますから。」と言い、私が次の言葉を話す前に、彼は私の顔を叩かんばかりにして玄関の戸を閉めた。

  医者でさえもこの有様なので、当時の一般の人々がどれほど悪疫を恐れたかは言うまでもない。私は腹を立ててここを立ち去りながら、なおも路上に居合わせた人をつかまえて、私と一緒に来てくれと言い、莫大な賃金を払うからと頼んでも、誰一人応じなかったので、私はほとほと困り、「ええ、お前らは卑怯な奴らだ。人情知らずだ、病人を見殺しにする気か」とののしったが返事はただあざ笑う声だけだった。

  このように困っていたところに、どこから来たのか、一人の牧師が私の前に出て、「私が行きましょう。」と言った。さすがは宗教に携わっている人だけはあると、私は感心してその手を取り「どうかご一緒に、せめては彼の家まで運んでやりたいと思いますので」と言って一緒に走って行く道々で、病人の様子を話し、また私の姓名も名乗ると、彼は私の名前を聞き知っていたらしく、「いや、貴方のようなご身分で、これほどまでのご親切は感心のほかはありません」と私をほめた。

 私は、「なに、これくらいのことは人たる者の務めです。」とまだ言い切らないうちに、たちまち、私の胸の底につんざくほどの痛みがあった。足も腰も動かなくなり、私はそのまま道の上で息絶えるかと思われるほどだったので、重く牧師の手にもたれかかると、牧師は驚いて「え、どうかしましたか」と聞いたが、「なに、どうもしません、暑さに当てられたか、少し目が回るだけです。」と何気なく言ううちに早くも唇も震えてきて、喉は火のように焼き付いて声にならず、少しくらい目が回るどころか、足元の大地から動き出して、海も山もひっくり返るかと思われた。

  読者よ、言うまでもなく、私自身が伝染病に取り付かれてしまったのだ。私が自分で支えることが出来ずに倒れたので牧師はそれを見て助け起こし、すぐに近くの酒屋に担ぎ込んだが、私は自分でこれはとうてい助からないと自覚した。

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