巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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白髪鬼

マリー・コレリ 著   黒岩涙香 翻案   トシ  口語訳

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2009.12.9

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白髪鬼

    
             (五)

 読者よ、棺の中だと気がつくやいなや、私の節々には死にものぐるいの怪力が湧くように集まってきた。火事場の馬鹿力のように、必死の時には必死の力ありと言うのはこのことだ。この棺を破らなければ私は一時間、30分、否10分と経たない中に再び死んでしまうだろう。

 空気のないところに長く生きながらえる事はできないからだ。私は虎が獲物に跳びつくのより、もっと素速い勢いで棺のふたを跳ね上げた。悲しいかな私の力は何の甲斐もなかった。音はしたが私の手と棺のふたが突き当たる音だけで、棺が壊れる音ではなかった。

 そのうちにも空気はますます無くなり、ただ息が苦しいだけでなく、目は外に飛び出るのではないかと思われ、鼻からも口からも熱い血が流れ出るのを感じた。今度こそ棺のふたを破らなければ我が身が砕けて死ぬ。

 なぶり殺し同様に一寸一寸、一分一分、そろそろと死んで行くより、ひと思いに砕け死ぬ方がどれだけ良いか知れないと、前より一層力を込めて、荒れに荒れて上下左右を跳ね回すと、有り難いことに左側の板がメリメリと破れる音がした。刃物の様な薄い空気がそこから突き入り、冷たい私の頬を襲った。

 私は全く生き返った思いがした。深くその空気を吸い込んでまた吐き出した。これで体が急に元気になったのを感じたので、すぐに板の割れ目に手を掛けてまたメリメリと押し破ると、今度は全く簡単で3分もかからずに棺は壊れ、私は地獄の釜から飛び出る亡者のように身をおどらせて外に出たが、この時、何なのか、どこからかは分からなかったが、棺よりももっと重いのではと思われる何かが、非常にすさまじい音とともに、私の後ろの方に落ち、ガラリと砕けて飛び散ったふうで、何か私の足の辺りに当たる物が有ったように思われた。これは、多分砂か何かではないだろうか。私は勿論、この落ちて来た物がこの後、私の生涯に大きな影響を与える物だと知るよしもなく、探ってその物を調べようともせず、ただ、恐ろしい棺から脱出できたことを喜ぶばかりだった。

 この時初めて私は、我が棺がまだ地中の底に埋められずにあることに気がつき、有り難いと天に感謝した。もし地の底に埋められた後だったら、棺を破ることがますます難しいのは言うまでもないが、よしんば破ったとしても、すぐに土が落ちてきて、目も口もふさがり、とうてい助かる見込みはなかったが、私の棺は幸い地の外にあった。

 棺の中にいる間はただ棺を破りたい一心で、地の外にあるのか、はたまた地の底にあるのかを考える暇さえなかった。
 実に有り難い、私は地の外にあり、上下左右に手を振り回しても邪魔になる物は何もない。身をかがめて地面をなでると石、土塊のような物はあるが、全体は堅く突き固めた地盤だ。どこだろうと見回しても怪しいことには暗さは棺の中と違いはなかった。

 真っ黒に空気を染めたかと思うほど、一寸先も一分先も見分けられず、一足進めば先に同じ地盤が有るのかどうかも分からないので、また深い穴に落ちないとも限らず、よくよく考えた後でなければ、私はここを動くべきではないと思った。私は胸をなで、気を落ちつけ、まずじっくりと考えてみると、これは確かに我が家の先祖代々の遺骸を安置する墓倉に違いななかった。

 欧州においても米国においても大家と言われる家々では通常、墓場として大きな穴倉を作り、これを「一家の墓倉」と称し、棺を地の底に埋めずにこの墓倉に安置している。私の家では何代前に掘り築いたかは分からないが、ナポリの丘の奥に堅固な墓倉があり、10年前に父の葬儀を行ったとき、私はその棺を送って入った覚えがあり、私の棺もその同じ墓倉に入れられたのに違いない。

 私は死ぬ前、あの牧師に向かって確かに伯爵ハビョで有ることを名乗ったので、牧師が棺に入れてこの穴倉に送って来たのだろう。
 ようやく事情は分かったが、読者よ、私はますます私の今の状況を抜け出すのが困難な事を知った。

 棺は破るのにそれほど堅くはなかったが、この墓倉は石で地の底に築いたものなので、どうあがいても壊せる見込みはない。外から来て戸を開けてくれる人がいなければ、出て立ち去ることなど思いもよらないことだ。

 特に、共同の蓄骨堂(カタコム)とは違って、人が入ってくる用事はなく、今から、五年か十年か、はたまた二十年か、私の家の誰かが病死して、この穴に葬られる時でなければ、この穴の戸は開かない。

 それでも、一応念のためと思い、先ず戸の所を調べてみようと思い、私はあちこちに触りながら、そろり、そろりと手探りで進むと、およそ一時間くらい経った頃、ようやく戸の所に達したが、厚い鉄の戸は固く閉ざし、その上、外から錠を下ろしてあるので、押しても動かず、叩いても音も出なかった。

 ああ、私が生き返ったのは、ただ、改めて死に直すためだったのか、伝染病で死ぬだけではまだ苦しみが足りないから、更に穴倉の中で飢え、渇き、絶望し、世間に例のない無惨な死に方させるため、悪魔が私の永眠を揺り起こしたものなのか。どう考えても私の運命は死ぬほかにはない。なまじ、生き返ったのが恨めしい。

 一度死ぬことは悲しくても誰にでも有ることだから、私はこれは耐え忍ぼうと思う。一度死んでまだ足らず、人生第一の悲しみを二度まで受けなければならないとは、嫌だ。嫌だ。私のとうてい耐え忍べるところではない。読者よ、私はどうしてもこの穴から出なければならない。再びここで死ぬことは、死んでも嫌だ。

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